Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

『いのちの停車場』

5月から上映が始まった、『いのちの停車場』。
訪問診療を題材にした映画です。
残念ながら都内では「緊急事態宣言」延長の
ため観ることが出来ません。
俳優陣がとても豪華で良さそうなのですが
他県に行く時間もなく、私は小説を読むこと
にしました。

注意:
内容は、一番大事なところは伏せますが
一部ネタバレを含みます!
これから映画を観る、小説を読む方で
知らずに読みたい、という方はご注意下さい。





さて、作者の南杏子先生は老年医療に熱心な先生で
内容は訪問医の私がみてもしっかりとしています。
もちろん、小説としての面白さが必要なので
かなりレアケースも出て来ますが…。

主人公の咲和子がバリバリの救命センターのドクター
であり、また医師でありながら患者の家族でもある
という視点から、病院と在宅の違い、
医療者の立場と家族の立場が描かれているのが
とても良いなと思いました。

冒頭で「訪問は5件」と聞き、「それだけで良い
のか」と尋ねる場面があります。
しかし、在宅では病気だけを診るのではなく、
暮らし全般の問題や介護者である家族の立場
をも診る必要があり、問題が山積みの患者さん
では時間があるだけかかってしまうものです。
血圧や血糖値をみて薬を調節するだけの外来とは
違い、5人の人生に向き合うのは慣れない時は
かなり大変だと思います。

そして、医師としての信念や正義感のような
気持ちが、家族の態度とぶつかる場面も共感
出来ます。
「早く死んで欲しい」「私も大変なのです」
と言う家族、
医師を試すために挑発する患者、
「忙しい」と滅多に来ないのに、
急に来て言いたいことを言う家族。
ここも、医師と家族双方の気持ちが上手に
描かれていると思いました。

特筆すべきは終盤、涙なしには読めない
「萌ちゃん」の言葉、
そして安楽死の問題を含む咲和子と父親との
やり取りです。
父親の病気が、「がん」ではないことも
また難しさを抱えています。
かなりシビアな状況になっても、
もう少し頑張れるのではないか、
生きていて欲しい、という家族の願いと、
耐え難い苦痛に苦しむ本人のつらさ。
娘に安楽死を願うほどに
追い詰められた父親。
そして咲和子は…。
ここは流石に書けないので、是非作品をお読み
下さい。

安楽死が良いことではないのは分かっています
が、反対の方はこのような場面ではどうしろと
言うのでしょう。永遠に続く拷問のような苦痛、
少しずつ衰弱していくだけ、自分が自分で
なくなってしまうかもしれないという恐怖。
「私とは関係ない」で済ませて良いのでしょうか。