Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

トラムセットによる食欲低下は意外と多い

今年に入り、「食欲が落ち、衰弱したため訪問診療を
お願いしたい」という患者さんのうち、食欲低下の
原因が「トラムセット」という痛み止めであった方が
偶然とは言え3人続いたため、これは注意喚起した方が
良いのでは、と記事にさせて頂きました。

トラムセットは、トラマドールという弱オピオイドと、
アセトアミノフェンという鎮痛剤の合剤で、各種癌の
ほか、「慢性疼痛」に適応があります。法律的に
麻薬に分類されていないので使いやすく、なかなか
効果も高い薬です。最近は整形外科領域を中心に、
ロキソニン等のNSAIDsが十分に効かない患者さんや、
NSAIDsの長期使用による副作用が懸念されるケース
でよく使われています。

トラマドール(トラムセット)の添付文書を見ると、
悪心(41.4%)、嘔吐(26.2%)がモルヒネ等の
強オピオイドに匹敵するほど多く、便秘・胃部不快
といった消化器症状も意外と多いことが分かります。
これとは別に食欲不振という項目があり、数%に
出現するとあります

これだけ読んでも特に年配の方では注意をしなければ
いけないということが分かると思いますが、もう一点
高齢者は様々な薬を飲んでいる事が多く、
トラムセットは飲み合わせが悪い(血中濃度を上げて
しまう)薬が多いのです

私が今年になって経験した、トラムセットにより
食欲が低下したと考えられる患者さんを簡単に紹介
します。

お一人は慢性閉塞性肺疾患のある70代男性。昨年12月
から急に食欲が低下、体重が約3kg落ちました。1月の
初診時、食欲が落ちた頃から肋間神経痛と思わしき症状に
トラムセットが処方されており、数週間に渡り真面目
に内服されていたことが分かりました。痛みがなさそう
でしたので中止して頂いたところ、食欲が回復し現在に
至ります。

もう一人は90代の男性。御家族より往診の依頼が
あり訪問。食欲低下が整形で腰痛に処方されていた薬が
セレコックス→トラムセットに変更になった時期に一致
していたので止めて頂いたところ、次第に摂取量が回復。
だいぶ下肢の筋肉は落ちていまいましたが、お元気には
なられています。

最後の一人は70代の男性。進行がんもお持ちであった
ことから、看取りのケースですと紹介がありました。
初診時はぐったりされせん妄もあり水分もあまり摂れて
いませんでしたので厳しいかと思いました。初診の
数日前から薬も飲めなくなっていましたが、初診の後
徐々に体調が回復しました。この方も具合が悪くなる
前に座骨神経痛のような症状がありトラムセットが
処方されていました。現在はほぼ寝たきりのADLですが
もともと進行の遅い悪性疾患の方で、このまま何も
なければ年単位で生存も可能性があると考えています。

最後に考察のようなことを書きます。
いずれも総合病院で処方されており、外来の間隔が長い
ことから良かれと長期処方されたトラムセットにより
食欲が落ちていた
と考えられました。オピオイドで吐気
が起こるケースでは数日で治まることが多いのですが、
この3人の患者さんでは「嘔気」は目立たず、数週間に
渡り食欲が落ちたまま
でしたので、単純にオピオイドが
CTZに作用した結果ではないのかもしれません。いずれも
中止で改善していることから、やはり同薬が原因であった
と私は考えています。はっきりとしたことは分かりませんが
高齢者、基礎疾患、複数の内服薬があるケースなどでは特に
処方には注意をするに越したことはなく、また食欲低下の
可能性を伝えることでリスクを減らせるのではないかと
思います