Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

男の介護と虐待

過去にこちらのブログで、『迫りくる「息子介護」の時代』
という本の紹介をさせて頂いたことがあります。

迫りくる「息子介護」の時代 28人の現場から (光文社新書)

迫りくる「息子介護」の時代 28人の現場から (光文社新書)

kotaro-kanwa.hateblo.jp

上記のブログでも書きましたが、介護者による虐待の4割が息子さん
と言われています。絶対数が相当少ないであろう息子さんが4割
を占めているのです。家事が苦手な男性は慣れない家事は大変
で、ストレスが多いことでしょう。お酒に走り、つい暴力、という
ことも実際あります。

しかし、それほど単純なことばかりではないと思います。先日
御紹介した、『母親に死んで欲しい』では、男性の陥りやすい
傾向として御自身がこれまで取り組んで来た仕事のやり方で
介護をしようとすること、が挙げられていました。会社では、
「頑張れば頑張るほど」目標に近づき、業績や評価など目に
見えるかたちで成果が出やすい。しかし、介護は違います。
やってもやっても目に見える成果が出ず、残酷なことに状況は
次第に悪化することが多く、行き詰まりを感じやすいと言います。

「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白

「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白

本日、新たに御紹介したいのはこの本です。

著者は科学技術を専門として活躍するフリーライターの松浦
さんです。独身・50代の松浦さん。母親がどのように認知症
発症し、どのように考えて同居・介護生活を始めたのか、
母親の症状がどう変化していったのか。ライターの目で
描かれた介護生活は、不慣れな介護をしている、始めようと
している同世代の男性にはきっと、非常に参考になります。
もちろん男性の介護記録も増えては来ましたが、なんと言っても
知的で冷静で客観的。さすがはライターです。

じわじわと追い詰められ、そして介護の果てに、ついに手を出して
しまった。松浦さんのような人でも暴力を起こしてしまうのか…と
思いますが、その暴力をふるってしまった経緯、心理も思ったよりも
冷静であり、感情的になったというよりも、むしろ感情が死んで
しまったかのような描写がとても印象的
でした。

私の訪問診療の経験では虐待・暴力が問題となったケースは
ありませんので、他の方々がどのような気持ちで虐待をして
しまうのか、決定的なことは言えません。ただ、見ていて
「俺が何とかする」という気持ちで開始された介護では、長く
続かないか、心身の疲労でかなり参ってしまうようです。理想の
介護と現実の違いに愕然とするのかもしれません。また、そのような
場合にも助けを求める(誰かに任せる)ことが女性と比べると
確かに苦手で孤立しやすくなる傾向はあると思います。そんな中で
話してもすぐ忘れたり、感謝の言葉もなく日々詰られるような
生活が続くと暴力・虐待に繋がってしまうのでしょう。

未婚・晩婚と長寿などの影響で男性の介護は今後嫌でも増えます。
先人の経験やアドバイスはきっと役に立ち、支えられるのでは
ないでしょうか。

看取りを支える

長尾和宏先生のブログ記事を紹介させて頂きます。

blog.drnagao.com

とても大切な内容を取り上げて下さったと思います。
介護施設における看取りの現場で、「体温が上がりました」
「血圧が下がりました」、「酸素の数字が下がりました」と
時間を問わず連絡して来ることに触れ、看取りの在り方や
介護士の「教育」について問題提起をされています。

この問題に関して言えば、簡単な解決策は電話を掛けて欲しい
バイタル具体的に伝えておけば良いと思います。
「体温38.5℃以上なら電話して」とか、「酸素が92以下なら
連絡下さい」とか。確かにバイタルが全てではありませんが、
それ以上を看取りの経験がない介護士に一様に要求するのは酷
です。あるいは、施設の介護士さんからの連絡は当直専門の医師
や看護師がまずファーストコールを受ける体制を作ることです。
私もそうですが、自分で電話を全て受けることにしておいて、
電話が多いと嘆くのはちょっと違うと思います。

ただ、少し視野を広げ、これからの看取りについて考えるので
あれば、職員の教育は必須です。介護に資格・キャリアがある
ように、看取りにも学びや経験が必要なのは言うまでもあり
ません。今の若い人は、看取りの経験などない、死の過程を
看たことがないのが普通でしょう。夜一人で看る不安は容易
に想像出来ます。何の準備もなく看取りをしようとするのは
あまりに無責任です。看取りを多く行っている施設や、ホス
ピス等で研修をお願いする等色々な方法があるはずです。

また、施設・医師・家族の信頼関係も重要です。医師が、
「何故報告しなかった」、ご家族が後で「何故医師に連絡
しなかったのか」となれば多くはあまり意味のない報告を
逐一しざるを得なくなり、結果職員も医師も疲弊して
「看取りは無理」ということになるでしょう
。看取りが前提
の状況であればどんなに細かく報告をしても、予後や寿命を
著しく良くすることは出来ないわけですから、極端を言えば
御本人が苦しんでいなければ連絡など不要なわけです。
そう考えればICUのように頻繁に熱を測ることなど無意味
ですし、要は信頼関係ということになると思います。

理想を言えば、看取りは積極的に看取る意思がある人間が担当
した方が良いと思います。希望していない介護職員も非常に
多く、精神的な苦痛だけが強くなります。経営者は高い介護
点数に惹かれるかもしれませんが、ホスピスを望んで勤務した
医師・看護師ですら、「燃え尽き」があることを忘れないで
頂きたい
と思います。

とは言え、少子多死社会では介護に携わる方が看取りをしない
という訳にはいかないでしょう。であれば、携わるスタッフを
中心にやはりきちんとしたシステム作りや医療機関・家族との信頼関係、
サポート体制を築いていくことが大切だと思うのです。

お医者様と患者様

こんな記事を読んでの感想です。

http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/di/column/kumagai/201807/556919.html

登録していないと読めない記事かもしれません。
主治医を「お医者様」と呼び、薬を減らして欲しいと思いながら
言い出せない80代の男性の患者さんが登場します。

「自分は薬のことはよく分からないが、こんなに飲まなくてもいいのではないか
と思っている。とりわけ、半年ほど前に痰が絡むと言った時に出されたこの
大きい薬はもう飲まなくてもいいのではないか。先生からは、なかなか減らそう
と言ってもらえない」

私はかつて、患者さんのことを「患者様」と呼んでいました。
医師に成りたての頃、ちょうど病院の接遇がどうのこうの
言われていた時代で、特に考えもせず「患者様」の方が丁寧で
気持ちがこもっているような気がしていました。
正直それ以外のことを考えるので必死だったので、あまり
深く考えていなかったと思います。

それがある時、「あなたはお医者様と呼ばれて嬉しい?」と
いう主旨のことを言われて、「なんか慇懃な感じで、嫌だな」と
思いました。今では、医師-患者の関係はフラットが理想だと
思っており、どちらかが「上」を意識するのは不健全という気持ち
から「患者様」は使っていません。呼び捨ても抵抗があるので
「さん」を付けて呼びます。

こんな本があります。

「患者様」が医療を壊す (新潮選書)

「患者様」が医療を壊す (新潮選書)

いつも一見、挑戦的なタイトルをつける先生ですが、内容は慎重で
常識的、説得力があると思います。岩田先生はいつも、いかにして
質の高い医療を引き出すか、というコツのようなものを、医師の立場
から伝えておられます。何気なく受けている医療が、全て医師任せに
せず少し知識を増やしたり意識を持つととても良い内容に変わります

そしてそれは医師・患者双方にとってプラスになり、より良い結果を
生むはずです。ひとつの例を挙げれば、風邪への抗生剤処方であったり
殆ど無駄な画像検査であったりするでしょう。

冒頭の患者さんにも戻ります。この男性は最後にこう言います。

「今回はお薬をもらっていきます。お医者様の言うことは絶対ですから」

残念ですが、この考えは最大の結果を生みにくい考え方です。
患者さんは、もう痰が出ていないのにムコダインの処方を受け、
飲むのか捨てるのか、ということを繰り返していくのでしょう。
「お医者様」という言い方が悪いわけではありませんが、呼び方
がこのような残念な関係を象徴しているのだと思いました。

患者さんは、「お客様」とは違います。「お客様」はメニュー
やカタログを見て、欲しいものを欲しいだけ購入します。
医療はたしかに現金を支払いますが、大部分の診察料は公費
です。また患者さんの希望でも医療的に有害な治療は出来ません
ので、検査や治療の判断は医師に任されています。
医師は公平に、最小限のリスクで最大の結果を得るために
専門的な知識を活かします。とはいえ、全てを医師に任せ、
言うことを聞かなければいけないというものでは決してありません。
医者は病とより良く向き合い、生活の質をあげるためのパートナー
であることが、理想の関係だと思っています。

逆に「患者様と呼べ!」という態度も、医師が持つ力を10とすると
恐らく3とか4くらいしか引き出せないと思われ、成果を享受しにくい
考え方であると思います。

岩田先生の考えは、私は全面的に賛成で得られるものが大きいと
思います。一読の価値はあります。興味がある方は下の本もかなり
お勧めですが、タイトルに「絶対に、」がついていないものは
近〇 誠先生の著書で全然内容が違いますので注意して下さい。

絶対に、医者に殺されない47の心得

絶対に、医者に殺されない47の心得