Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

認知症患者さんと三八式歩兵銃

数日前、Twitterでこんな写真入りのツイートを見ました。

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介護施設で、認知症の患者さんに旧日本軍が使用していた
三八式歩兵銃のモデルガンを渡したところ、今まで座って
ばかりだった人が立ち上がって歩き出した、という記事
でした。昔の戦争の記憶が脳を活性化させる、という
テロップが見てとれますが、軍隊を経験した男性にとって
この銃が、国のため、家族のために戦った誇りの象徴なの
ではないかと思います。この記事をリツイートしたところ、
軍隊での階級を、挨拶の時に尋ねる医師がいる、シャキッ
とする方もいらっしゃる、という返信を下さった方も
おられました。コウノメソッドの河野先生は戦闘機や武器の
マニアで、患者さんとの雑談に意図的に戦争の話をする
ということを書いておられました。

もちろん、戦争が思い出したくもない嫌な記憶として残る
方も多く、注意する必要があります。当然ながら私は何も、
戦争の話をしたり銃を持つことが良い、という話をしたい
のではありません。認知症の患者さんが失ってしまった、
誇りであり、輝いた記憶、語りたい物語を呼び起こすことが
大切で、この三八式歩兵銃はその一つの例に過ぎないのです

実は興味を持ってこの記事を調べると、2013年には既にこの
写真が出回っており、既に元記事からは数年経過している事
が分かりました。しかし、残念な事に、期待した「この記事の
後日談」は見付けることが出来ませんでした。三八式歩兵銃の
アイディアはとても良かったと思いますが、ただモデルガン
だけで元気になるのはせいぜい数日であったと推測します。
これだけで元気になり認知機能が改善するのであれば、今頃
介護施設は三八式歩兵銃だらけになっていることでしょう。

しかし、先程もお書きしたように認知症の患者さんの中に
眠っている「大切な物語」を想起出来る何かが、銃を見せる
ような「一発芸」ではなく継続的に体系的に想起出来る工夫
があれば、それは認知症の患者さんの暮らしやリハビリに
大いに役立つのではないかと思うのです。テレビも映画も、
あるいは食べ物でも、若者向けのものばかりで、多くの
認知症患者さんは退屈しています。企業はもう少し認知症の
患者さんをターゲットにしたコンテンツが工夫出来ないもの
かなぁ、と思います。結構巨大な市場ではないでしょうか。

がん医療の狭間

東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンターの大津秀一
先生のブログから。

ameblo.jp

抗がん剤治療の継続が困難になると、これまでの担当医の
外来に通院出来なくなる事がしばしばあります。がんの
治療医は多くの治療中の患者さんを担当しており、その後
の緩和医療に時間を割けない、というのが一番の理由です。
ある程度仕方のないことだと思いますが、この事実は事前
に知らされていない事も多く、患者さんは「見捨てられた」
と感じ途方に暮れてしまいます。

一方、この時に緩和ケアの紹介がルーティンに行われることも
多いのですが、緩和ケアの外来は『緩和ケア病棟への登録』を
することが目的で、登録した患者さんを外来で定期的に診て
色々な相談にのってくれる事は少ない
です。これは緩和ケア
病棟を持つ病院もまた物理的な制約があり全ての登録患者さん
を引き受けるということは難しいのです。

また、中には抗がん剤治療を断り、主治医との関係が悪く
なり通院が出来なくなってしまう患者さんもいます。
『免疫療法』を謳うクリニックの門を叩く患者さんも
いらっしゃいますが、一部の例外を除き本当に悪くなって
しまった時に、これらのクリニックが緩和まで親身に治療を引き
受けてくれる事は稀有
で、多くの患者さんは直前で匙を
投げられてしまう事が多いです。

抗がん剤治療の継続が難しくなった患者さん、あるいは
このような標準治療を拒否した患者さんのホスピスまでの
緩和ケアを引き受ける医療機関がないことは以前より問題視
されて来ました。以下は2012年に私が書いたブログの記事
ですが、この問題は現在でも改善されることなくそのままに
なっています。

blog.goo.ne.jp

blog.goo.ne.jp

今の状況では、この狭間の医療は『訪問診療』がベストだと
思っています。訪問診療医には緩和ケアの知識に長けた
医師が割合に多くおり、また患者さん一人当たりに時間
をかけることが可能です。例えば大津先生のブログにある
ような、咳・痰・睡眠障害・せん妄・食欲不振等の症状
でいちいち病院を受診し診察を待つことが負担になる事も
多いと思いますし、夜間や休日に体調を崩した時に相談
出来る場所があるのは大きな助けになるはずです。
緩和ケア病棟との連携があれば、尚更心強いと思います。
是非ケアマネージャーに訪問診療の相談をして頂きたいと
思います。

認知症~家族介護の難しさ

私は今グループホームや老人ホームへの訪問診療は
行っておらず、訪問しているのは全て患者さんの自宅
です。独居の方も多いですが、大半は御家族が同居し
介護されています。

つくづく思うのは家族介護は家族ならではの難しさを
持っており、しばしば非常に神経をすり減らすものだ
ということ。そして「家族だから看なければならない」
という無意味な固定観念は持たない方が良い、という
ことです
。「家族が介護出来ればラッキー」くらいが
ちょうど良いと思います。

よく「施設に入るのは親がかわいそう」等と言いますが、
入居する時は当然嫌がったとしてもいざ施設に入って
慣れてみると意外と穏やかに元気に過ごせる認知症の方も
たくさんいらっしゃいます。
一番不幸なのは施設に入ることではなく、義務感で
家族を苦しめたり、日々家族間で衝突し疎まれることかも
しれない
のです。

家族介護の難しさの第一は、やはり家族ならではの甘え
や期待が認知症の方にも御家族にもある
という事かも
しれません。長期の介護にはある種の割り切りが不可欠
ですが、家族にはそれがなかなか難しい場合があります。
自立を支援しよう、栄養の良いものを食べてもらおう、
という家族の配慮が、「我慢」「頑張る」ことが難しい
認知症の患者さんとぶつかることになります

また、認知症の患者さんに限ったことではないかも
しれませんが、患者さんは遠方に住む家族には別の顔を
見せることがあります。たまに来る家族(特に忙しい
息子さん)に見せる姿は、しっかりして穏やかな昔の
親の姿だったりします。すると「ボケたボケたと言う
けれど、昔と変わらないじゃないか」という事になるの
です。

kotaro-kanwa.hateblo.jp

しかし、↑この記事にも書きましたがここで大切な事は、
「自分が見た認知症の親、きょうだいの姿」だけが本当
だとは思わない
ことです。まずは介護者を信じ、「何故
同居の家族と自分に見せる態度が違うのだろう」
と疑問
を持つことが出来れば、その先の議論に繋がります。

時々来てうるさい事を言わない子供には、にこやかで
穏やかな姿を見せるに決まっているではないですか。
これはちょうど、子供を想い厳しく当たる親が子供に
恨まれるようなものかもしれません。この苦労・苦悩
は親になった者にしか分からないのと同じです。

過去に介護虐待・介護殺人・介護者の自殺についても
記事を書きました。

kotaro-kanwa.hateblo.jp

虐待は当然ですが大部分は家族間で起こっています。
もちろん、大きな問題なく自宅介護をしている方も
たくさんおられますが、もし介護で辛い生活を過ごす
方がいらっしゃるのであれば、まずは「家族会」等を
探し参加される事をお勧めします(この記事の9大
法則、1原則も読んだことがなければお勧めです)。

認知症をよく理解するための9大法則・1原則 | 公益社団法人認知症の人と家族の会

訪問診療の中で、あれだけ熱心に介護されていた御家族
が、ふとした出来事で「もう無理です」になってしまう
例を何度も見て来ました。今でこそ、「熱心だから
こそ」
看れなくなってしまったのだという事が良く
分かります。

ですのですぐに決断する、しないに関わらず施設入居
への選択肢は常に考えておきましょう。自分が倒れたら
結局困るのは患者さん御本人なのですから。