Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

BPSDに対する抗精神病薬の使用と中止(3)

今回は、BPSDに使用した抗精神病薬の減量と中止について
の話をしたいと思います。こちらのメタアナリシスを参考
にさせて頂きます。

www.ncbi.nlm.nih.gov

上記はシステマティックレビューを含む9つの研究を分析
しています。どれもRCTであり、プラセボとの比較です。
サマリーには、全てを総括した内容しか載っていませんが、
原文を読むと上記の研究ひとつひとつでどのような
抗精神病薬が使われ、減量の方法やfollow upの期間、結果
等が一目で分かる表になっており(Table 1)、興味深かった
です。

結論としては、中止しても継続でもBPSDの重症度と
死亡率には差がなく、しかしBPSDの頻度は中止群で多くなる

というものでした。つまり、症状が安定していれば中止は可能、
を裏付ける結果です。

ただ、参考にはなるものの、やはり限界があります。
まず、同じ認知症患者さんでもアルツハイマー型の患者
さんとレビー小体病の患者さんでは副作用の出方が相当
違うと思いますが、例外なく「認知症」と一括りにして
報告されています。対象の患者さんが少なく100人を
越える報告はかなり限られています。観察期間も長くて
一年で長期の報告がありません。

また、全体として差がないとは言え、ひとつひとつを
注意深く見てみると、報告によりBPSDの再発や症状
悪化に顕著な差があった、とするものもあり
、条件に
より結果は様々で一概には何とも言えないな、という
印象です。

私が良く参考にする『コウノメソッド』でも、開始した
抗精神病薬を減らす事に関しては明確なアドバイスは
なく、「副作用があれば減らす」という考えのようです。

抗精神病薬を減量/中止して症状が増悪した場合、困る
のは御家族や介護者です。しかし抗精神病薬の副作用が
無視出来ない頻度で起こり、条件によっては死亡率が
2倍程度に上昇する事を考えると、メリット/デメリット
を天秤にかける必要性と、また不要(過剰)な治療が
ないか定期的に話し合うべきではないかと考えます。

最後に、最近抗精神病薬の中止に成功した印象的な患者さん
を紹介します。

患者さんは70代女性。前側頭葉型認知症と診断しています。
一時は易怒、介護抵抗/暴力で精神病院への入院すら考えた
患者さんですが、抑肝散とウインタミンで症状コントロール
を図り、ウインタミンをと60mgまで使用して穏やかになり
ました。しかし運動機能に低下がみられ、御家族も減量を
希望されたので漸減し、開始から10カ月でとうとう
ウインタミンの中止に成功しました。完全に中止をした
のはまだ最近ですが、今のところ症状の増悪はなく、
抑肝散のみでとても穏やかで良好な経過です(あと、
フェルガード100Mも飲んでいますが)。

これは私のこれまでの経験に基づく考えですが、BPSDは
単に脳の萎縮だけによってもたらされる訳ではなく、
「何か他の原因」が一時的に不快、苛立ちや不安を増悪
している事が少なくないと思っています。いくつかの報告
と私の経験から、3~6ケ月程度症状が安定しており、
介護者が容認出来るのであれば減薬を試みる価値はある
と思います。

BPSDに対する抗精神病薬の使用と中止(2)

本日は抗精神病薬の中止に関する話題にする予定でしたが、
その前に薬の効果判定についてもお話したいと思います。
治療の目的を考えると介護者の主観で「効いた」とか
「効かなかった」でも良いと思うのですが、ある薬剤が
患者さんの症状のどの部分に効いてどの症状には効かな
かったのか、また後で効果を比較する時のために評価しやすい
ツールを用いることも、とても有用です

評価ツールとして、NPIが使いやすいです。

http://xn--y8jl1nkhle.com/images/guide/bpsd.pdf

上記はどちらかと言うと医療者向けに想定されており、
症状の強さと介護者の負担を別々に記録する欄があります。
これを介護者の記録用に改良した阿部式BPSDスコアも
あります。

岡山大学医学部・神経内科のホームページ~後期研修医・大学院生募集中~

NPIそのものも簡易なスケールで、医療者でなくても記録
出来る使いやすさが特徴ですので病院ではなく在宅や
介護施設でも十分に利用出来ると思います

また、『コウノメソッド』のスコアを使うことに抵抗が
なければ、DBCシートも使いやすいと思います。

http://www.forest-cl.jp/download/20100219/DBC.pdf

DBCシートの特徴は、BPSDを陽性症状、陰性症状に区別し
てスコアリングしているので、薬剤によりどちらの症状
がどれだけ良くなった、悪くなったという評価がしやすい
こと、同時に抗精神病薬の副作用である錐体外路症状が、
「体幹バランス」として評価出来ること
です。

コウノメソッドでは、まずどの薬をどれだけ使う、副作用
や効果がなければ次はこれを使う、等の提案がとても細かく
プライマリのレベルでとても対応しやすくなっています。
細かくはとても書ききれないので興味がある方は書籍の
購入をお勧めします。賛否はあると承知していますが、
エビデンスに乏しい分野であり参考にはなると思います。
この本はメソッドの入門・基礎的な内容がまとまっており、
学んでみたいという介護者・医療者に最適だと思います。

コウノメソッドでみる 認知症診療

コウノメソッドでみる 認知症診療

さて、BPSDに使用した抗精神病薬を減量/中止する場合には
大きく分けて次の3つがあると思います。

1.使用した抗精神病薬が効かなかった
2.効果はあったが、副作用が許容出来ないレベルであった
3.効果はあり、副作用も目立たないが長期の使用が心配
なので、そろそろ中止を考えたい

次回は、この3.についてお話をしたいと思っています。

BPSDに対する抗精神病薬の使用と中止(1)

認知症患者さんの暴言・暴力・介護抵抗・徘徊等周辺症状
と言いますが、周辺症状をBehavioral and Psychological
Symptoms of Dementiaの頭文字をとってBPSDと呼びます。
介護する側にとってしばしば大きな悩みをもたらし、
介護の継続が困難となる主たる原因のひとつです。

BPSDには、抗精神病薬の効果が高く、古くから用いられて
来ました。このブログでも『「易怒」に使う薬』という
エントリーで薬物の効果について書かせて頂きました。
何故抗精神病薬が良く使われるのか、等についても書いて
あります。

kotaro-kanwa.hateblo.jp

さて、ここ最近抗精神病薬の副作用が繰り返し警告される
ようになりました。例えば2016年には、初めて抗精神病薬
を投与された高齢者は、全く投与されていない人に比べて
死亡率が2倍以上になる
と順天堂大学の研究グループが
報告されたことは記憶に新しいと思います。同様の研究や
報告は以前から海外でも報告されておりアメリカでも使用
を控えるよう警告されています。

ただ、もちろん抗精神病薬と一言で言っても、その種類や
量によって話は随分変わります
。更に、「新たに抗精神病
薬が必要になる」患者さんは、そもそも死亡のリスクが
高いのではないか、という疑問もあります
。身体の状態が
悪いとBPSDがひどくなる、ということも良く経験するから
です。正確に論じるならば、「新規に抗精神病薬が必要な
くらいのBPSDがありながら、使用しなかったグループ」と
比較すべきではないかと思います

ちなみに同じ研究では、「すでに抗精神病薬を内服している」
4800人余りと、全く投与されていない4800人余りを比較して
いて、両群の死亡率は有意ではなかった事も付け加えておき
ます。あくまで死亡率が高かったのは新規に開始した
85人の患者さんについてです。

そして私はいつも思うのですが、「使用を控えるように」と
警鐘を鳴らす人達は「薬剤を使用しなかった場合のリスク」
を絶対に述べません
。抗精神病薬など使用しないで済むなら
誰だって使用したくないに決まっています。しかしその結果
介護者である家族が不眠や心労から体調を崩すこと、介護の
継続が難しくなってしまうこと、徘徊、デイサービスやホーム
から受け入れを断られてしまうこと、他の利用者さんに
怖がられたり傷付けてしまう可能性、入浴・陰部洗浄など
必要なケアが十分に受けられない可能性。そして何より、
BPSDを放置される患者さん自身の苦しみや尊厳。
実は患者さんも病的な苛立ちや不安に苦しめられているのです

使用を慎重に考えるのは当然です。非薬物的なアプローチ
も有効である事が多く、介護者に余裕があるのであれば
介護の方法を工夫する事もひとつです。また内服薬がBPSDを
悪化させる事も多く
、見直す必要があります。これらを
省略し、抗精神病薬に頼るならば、それは安易な使用と
言われても当然だと思います。

しかし、必要な時は早期に使用し、可能な限り副作用に
気を付け、可能な限り早期に減量する
という考えを
私ならば提唱したいと思います。次回は今日の続き
一度開始した抗精神病薬の減量/中止についてお話する
予定です。