Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

がん終末期の症状について

がんも種類によって経過が違いますが、多くの患者さんで
当てはまることは、最後の2~3か月からの病状の変化は
とても速い
ということです。分かりやすい変化としては、

・食事が極端に少なくなる。
・移動が大変になる。
・眠る時間が増える。

等の症状の変化です。
それまで年単位、月単位で変化した病状が、
「先週まで出来ていたことが、今は出来ない」
といった具合に急激な変化を遂げる時期です。
「抗がん剤が出来ない」「病院に通えない」
時期と重なる事も多いです。
実際、病院に通えなくなり訪問診療の依頼が
あった患者さんが一か月以内に亡くなる事も
結構あります。これはもちろん当クリニックだけの
話ではありません。

最近は病院で亡くなる方が多いので、多くの御家族は
あまり最期の変化が起こってもその時が迫っている
という実感がないようです
。それどころか、大病院の
若い先生も看取りの経験が少なく、明らかに1~2ヵ月
という深刻な病状の患者さんに、「転移はないから
余命は1年」等と的外れな説明をする事があります。
(信じられない話ですが、実話です)

もちろん「Hope for the best」という言葉があるように
希望を持つことは良い事ですが、あまりに現実離れした
御家族の「希望」が患者さんを苦しめるケースもたくさん
見て来ました。現実に蓋をして闇雲に頑張らせるのではなく、
病状を把握し、今後の経過を思い描く上での「Hope」で
ある方が良いと私は思います

以前私が書いていたブログの中で、アメリカの元看護師の
バーバラ・カーンズ(Barbara Karnes)の、『旅立ち
死を看取る』"Gone From My Sight: The Dying Experience"
という冊子を紹介した事があります。余命が3か月程度と
考えられる頃から多くみられる症状を分かりやすく説明
した本です。日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団から
翻訳されたものが配布されていましたが、絶版となって
しまいました。とても言葉が優しく、私は好きだったので
残念です。

探したところ今でも(日本語版が)海外のAmazonでは
購入出来るようですが、どうやら別途アカウントの
登録が必要そうなので私は諦めました。

www.amazon.com

代わり、と言っては何ですが、現在上記のホスピス財団
では、旅立ちのとき―寄りそうあなたへのガイドブック―
という冊子を用意しています。PDFファイルで無償ダウン
ロード出来ます。こちらは一冊200円で購入も出来ます。

www.hospat.org

がんの患者さん、御家族にはこのような本を読むことは
とても辛いことだと思います。本当は多くの方が、
その時が迫る前に読んで頂きたい内容だと思っています。

終末期の在宅酸素使用は保険適応外

先週末、私がTwitterで取り上げた話題です。
多くの方に知って頂いた方が良い内容なのでブログでも
お話させて頂こうと思います。

まず、6月15日の記事にも書きましたが、終末期医療は
患者さんの苦痛を取り除くために行う医療には保険適応
外のものが多く、多くの訪問診療医が苦労しているという
現実があります。

kotaro-kanwa.hateblo.jp

本日の話題、在宅酸素もそのひとつです。
特にがんの末期では呼吸困難を伴うことがあります。
特に問題になるのは肺がんですが、その他でも胸水
やその他の合併症を伴うと息苦しさを伴うように
なる事があります。

在宅で療養されている患者さんに重篤な呼吸困難は
多くはないのですが、やはり時々いらっしゃいます。
そんな時、在宅酸素で呼吸苦が緩和され、自宅療養が
継続出来る場合が実際にあるのです。

しかし、終末期の在宅酸素は厳密には保険で認められて
いません。理由は、在宅酸素の保険適応である『慢性
呼吸不全』ではないからです
。在宅酸素は、肺気腫や
肺線維症、重症の心不全など慢性的な低酸素状態の治療
と位置付けられているため、『急性』の病態に対して
使用される事は本来許されていません。

「あれ、でもこの前肺がんの患者さんが自宅で在宅酸素
を使っていたよ」という方がいらっしゃるかもしれません。
これはその訪問診療のクリニックが、保険外で使用して
いるのです。医師が治療上必要と判断した場合、使用する
事が出来ます。これまでは、厳密には保険適応でなくても
呼吸困難等のやむを得ない事情では認められる場合が
多かったのです。しかし、これが最近査定される事が多く
なって来ました。審査する側が、医療費削減のために、
高価な在宅酸素を厳しく査定するようになったのです

長くなりましたが、これが私のTwitterで書かせて頂いた
内容でした。

『査定』された場合、在宅酸素のレンタル料約70000円は
クリニックが全額支払う事になります。患者さんの負担
は直接は増えませんが、この状況では訪問診療医が酸素の
使用を躊躇う可能性が高くなり、そのしわ寄せは患者さんに
行くことになると思います。「住み慣れた我が家で最期
まで」をスローガンに、在宅医療を推進して来たにも
関わらず、呼吸困難で搬送される患者さんが増えたり、
苦しいのに我慢しなければいけないとしたら、この状況
はどうにかしなければいけないのではないかと思って
います

私が在宅酸素を話題にする前に、聖ヨハネ会桜町病院
の前ホスピス科部長・山崎章郎先生も同じ話題に触れて
いました。

www.sankei.com

山崎先生の文章の方が分かりやすい…^^;ので是非お読み
下さい。週ごとの診療報酬とする案も大賛成です。

もちろん私達も一律在宅酸素を使ったりしていません。
必要なのはせいぜい10人に一人か二人です。

問題は酸素だけではなく、多くの医療であまり厳しい
審査があると、ただでさえ訪問診療で看取りを引き受ける
医療機関が少ない現状が更に悪化する事を懸念します

患者さんが安心して自宅で療養が出来るように、
制度の改善を強く望みます。

在宅緩和医療、保険適応外の壁

2017年6月7日の、薬事日報の記事です。
とても大きな問題だと思うので紹介させて頂きます。

www.qlifepro.com

緩和ケア領域の薬剤は保険適応外処方が多く、病院から
在宅へのスムーズな以降に支障を来たす例があるという内容。
長野県の医師を対象としたアンケートでは、

「地域の医師、在宅医の保険適応外処方に対する問題意識は強く、
症例によっては在宅に戻さなくてもよいと考えているのを知り、
切実だと感じた。大学病院の医師は保険適応外処方に関して、
在宅の医師やかかりつけ医のように苦労していないのかもしれない。
勤務医と地域医の温度差を解消しないと緩和医療の均てん化に
つながらない」と問題提起した。

とあります。

DPCや緩和ケア病棟はいわゆる包括医療制をとっています。
包括医療制では、保険適応に縛られず必要な治療が提供出来ます。
在宅でも『在宅がん医療総合診療料』というものがあり
ますが、訪問看護師の費用も包括されてしまい、一日に
複数回の訪問看護の訪問があると利用が難しくなります

高額な薬剤が加わると尚更です。
土曜から開始で一週間が単位となっており、途中で患者さんが
入院したり亡くなると請求が出来ません。この可能性を
考えるとやはり保険外適応の薬を使うのは躊躇するでしょう。
他にも同月は在医総や院内処方のも算定出来ない等、制限が多い
です。私を含め、『在宅がん医療総合診療料』を利用しない
クリニックも多いと思います。すると、「退院したらこの注射は
継続出来ません」
という事になる可能性があります。

保険適応外使用は、確かに開業医にとっては大きな壁です。
高額な薬剤が多いのに保険請求が認められない可能性、
これは勤務医の先生には理解出来ないかもしれません。
私も日々、やりにくさを感じながら仕事をしています。
また制度もややこしく在宅医療に参入出来ない
クリニックがあるのも問題ではないでしょうか
。麻薬の
注射剤の管理も本当に煩雑で、これでは在宅でモルヒネの
持続注射など夢のまた夢です。せめて使い方を
まとめたマニュアルくらい整備してもらいたいです。

ただでさえ、精神的・身体的負担の大きいがん末期の
患者さんの訪問診療。「軽い患者さんをふたり診た
方が楽で儲かる」ので、終末期を担当する支援診療所
は限られている現状があります。本当に末期がんの患者さん
の在宅療養や看取りを推進するのであれば、これは
間違いなく避けて通れない問題
です。国は是非これら
の問題を早期に、真剣に考えて欲しいと思います。

そして、京都府立医科大学病院の梅林祐子氏のこの言葉。

日本緩和医療学会のガイドラインに収載されている七つ
の鎮静剤全てが「保険適応外」
であるなど、ガイドライン
推奨薬が保険の範囲で使えない中でエビデンスを発信して
いく意義を強調した。第一選択薬のミダゾラムについては、
「国内外で有効性のエビデンスが構築されつつあるが、
リスクマネージャーである薬剤師の立場としては安全性の
検証が大切だと思っている」
と述べた。

前半は良いです、本当にその通り。確かに在宅では鎮静が
必要ない事も多いのですが、当然必要なケースもあります。
今どれだけの在宅医が自宅での鎮静が出来るのでしょう。
鎮静のため入院が必要、もしくは患者さんは自宅で我慢
というのはあまりに惨いではないですか

しかし最後の「安全性の検証が大切」という言葉は非常に
気になります。これまでも何十年も緩和ケア病棟を中心に、
もちろん在宅でも使われて来たミダゾラムの使用方法に、
今更何を言っているのか…。これ以上何を検証したいのか
分かりませんがミダゾラムひとつ使うだけで一体何年
かかるのか…。

推進する立場の人間がこれでは悲しくなると共に、私が
訪問診療医をしているうちに整備してもらえるのだろうか
と心細いものを感じました。