Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

寄り添うことは悩むこと

2017年3月14日に開始したこのブログですが、明日で
1年を迎えることになります。敢えて有料のブログを選んだ
ことで、「書かないともったいない」ような気分になり、
結果として私にしては頻繁に記事を更新出来たのではないか
と思います(笑)。ブログを書くことは自分の心の中にある
おぼろげなものを明確にし、考えを整理すると共に後に、
日記のような役割もあり自分自身にとってとても大切なこと
だと思っています。

さて、このブログのテーマは、Being。そこにいること、ですが
緩和ケア領域では「共にいる、寄り添う」という意味で用い
られています。私にとっては緩和ケアを越えて医療の本質として
大切にしたい言葉です。

本日のタイトル、『寄り添うことは悩むこと』は実は2010年、
今から8年前に当時在宅医療を始めたばかりの私が書いた
ブログ記事のタイトルです。

blog.goo.ne.jp

週末なんとなく読んでいたのですが、うん、良いことを書いて
いる(笑)。いくつか抜粋してみると、

EBM(Evidence Based Medicine)を超えたところから、
緩和医療が始まる、と私は思っています。

「医療者が患者の精神的・霊的痛みを和らげる事など出来るのか」
という批判もあろうかと思います。確かに、医療者は無力です。
しかし、向き合い、寄り添い、共に悩み、共に痛むという部分を
真剣に追求するのとそうでないのとでは、到達する場所が大きく
異なるのではないか

「共に悩むこと」こそが緩和医療の真髄であると私は
考えています。答えのない領域ですから、患者様の事を考えれば
悩むのは当然で、私は悩まない緩和ケア医師は「もぐり」だと
すら思います。

寄り添うことを大切にすれば、患者さん自身の苦悩を嫌でも
目の当たりにすることになります。たとえ身体的な苦痛を
薬で緩和出来たとしても、死にゆく患者さんにはそれ以外にも
多くの苦しみを持っておられるのが普通です。医療者は向き合えば
向き合うほど、自分の無力さを感じるものだと思います。
特に医師はそのプライドが大きく傷つけられる経験になるかも
しれません。

共に悩む、自分の無力さを思い知る。しかし、逃げずに
留まる。目の前の患者さんからも、そして今の職場からも。
それはそれほど簡単なことではなく、同時に自分自身のケアも
大切にしなければいけないと思います。それでも歩いて来た
道が、歩いていく道が「これで良い」と思えるのは、患者さん
や御家族の下さった笑顔や「ありがとう」なのだと思います。
新しい一年を、悩みながら歩いて行きたいと思います。