Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

医療リテラシー

リテラシー(literacy)という言葉を頻繁に目にするように
なりました。これを読んでおられる多くの方々に今更説明
は不要だと思いますが、一言で言えば情報を理解・解釈し、
真偽や有益性を吟味し、人生に役立てていく能力を言います。
特にメディア、経済、ITの分野で盛んに使われています。

「経済格差」は「情報格差」と言われていますが、これは
医療にも当てはまる部分があります。実際、「医療リテラ
シー」、「ヘルスリテラシー」という言葉もあり、情報を
持たない患者さんは、治療の選択肢が狭まったり、あるいは
苦しいだけの余計な治療を受けるはめになってしまう。
そういった事は残念ながら日常的に起こっています

昔は、「素人は医療に口を出さない方が良い」という風潮
が今よりも強く、「先生にお任せします」が当たり前でした。
しかし、医療を受ける患者さん側も、考えを持った方が良い
という当たり前のことがようやく言われるようになったの
です。時代は大きく変わった今、「お任せします」はとても
危険な言葉です

しかし、「より良い」選択をするには知識が必要です。
もちろん、細かい手術の方法や数多くの薬の知識を持つ
ことを言っている訳ではありません。しかし、例えば
がんの患者さんが抗がん剤を勧められた時、その治療の
目的すら曖昧なままに治療がスタートする、等ということ
が現実には起きています
。患者さんは病気が治ると思って
受けた治療が、実はうまくいっても寿命を3か月伸ばす
程度だったりするとしたらどう思われますか?

また、実際には効果の乏しい「免疫療法」に何百万円も
つぎ込んでしまう患者さんがいます。効果が乏しいことに
加えて、病状が悪化した時にそのようなクリニックが責任
を持って診てくれる可能性は殆どありませんので、
投げ出されてしまった患者さんが今更前の病院にも戻れない
という悲劇が実際に起こっています。

「胃瘻」に代表される延命治療もそうです。実際に胃瘻を
受けている患者さんにどんなメリットが、デメリットが
あるのか。介護は誰がやるのか、身体的・精神的なサポート
体制はどうなのか。いくらお金がかかるのか。そういった
知識がないうちに、言われるがままに胃瘻の治療を選択
してしまった患者さん・家族の苦しみを今まで嫌という程
みて来ました。

これらの知識を、病気になってから手に入れれば良いと
考えていても、実際にはとても難しいことです。病気や
考える力や気力を奪いますし、感情的にも混乱した状態
で、限られた時間の中で必要な知識を吟味することは
容易ではありません。

「終活」という言葉があります。元気な方が御自分の
死に際について考えることなど出来るのか、という批判も
あると思いますが、このような機会を持つことで将来
何らかの助けになる可能性は十分にあります。「延命」
について考えがある方は、しっかりと文章にして、
大切な人に伝えておく
事はとても重要です。それは御自身
を守るだけではなく、大切な人の苦しみを軽減すること
でもあるからです。

今後こちらのブログでも胃瘻や延命をテーマにした話を
していく予定です。お時間ある方はお付き合い下さい。