Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

『痛い在宅医』

2017年12月に出た、長尾和宏先生の著書。
在宅療養を、特に看取りを考えている御家族に必須の本
ではないかと思います。

痛い在宅医

痛い在宅医

これまで訪問診療、在宅看取りを扱った本の多くは
在宅医療の成功例の寄せ集め、「美談系」の本でした。
在宅医療を推進する目的ですからこれは仕方ないとは
言え、多くの闘病と同じく全ての苦痛が緩和される訳
でもなければ、「きれいごと」で済まないこともあります。
この辺りの私のもやもやした気持ちは過去にブログで
このように書いています。

kotaro-kanwa.hateblo.jp


この本は敢えて訪問診療の闇に焦点を当て、良い
在宅医療とは、良い在宅医とは、を考える本になっています

私は長尾先生のような影響力が大きい先生が、この
ような本を書いて下さったことはとても意義のある
ことだと思っています。長尾先生はおっしゃいます。

僕が今まで、「病院」か「在宅」かという二元論でしか
語っていなかったとしたら、そして在宅医療の美談しか
語っていなかったとしたら、心から謝ります。
だからあえてこの本を書きました。

本著は、長尾先生の著書を読み在宅医療を決意した、
ある患者さんと御家族の物語です。父をどうしても
家で看取る、という強い気持ちで連れ帰った娘さんですが、
自宅療養は思い描いていたものではありませんでした。
苦しみの中でお父様は亡くなり、娘さんはその後もずっと
救急車を呼べば良かった、ホスピスに入れば良かった、
と後悔されます。本は、娘さんと長尾先生の対談が中心
です。

娘さんは、長尾先生にこう言います。

他の有名在宅医の書いた本でも、「在宅で幸せに死に
ました」と異口同音に書かれてあって、悶え苦しみながら
死んでしまいましたという事例を読んだことがありません。

長尾先生がどう答えたかは本著に譲るとして、私は在宅医
ですし、在宅療養や看取りを否定的な立場ではなく、むしろ
良いものだと推奨する立場です。しかし、うまくいった事例
だけを集めて「こんなに良いですよ」と宣伝するのには以前
から強い違和感があります。このブログで何度もお伝えした、
「畳の上にも天国と地獄があると知った」という元在宅医で
あり自らも末期がん患者となられた早川一光先生の言葉が
在宅医療をとても良く現していると思います。良いことばかり
の人生がないように、在宅療養も良いところと悪いところが
あるのです

そして、「在宅で看取ること」が目的化し過ぎていないか
という気持ちが私にはあります。「在宅死」は多くの方に
とって良いものであることは疑いがありませんが、御本人が
良い時間を過ごし、御家族の後悔が少ないのであれば別に
場所が施設でもホスピスでも、極端な話一般病棟でも良いわけ
です(一般病棟は回復が目的の場所なので良い看取りには
向いている場所ではありませんが)。

御家族も在宅医も、「物理的に自宅であること」に少し
こだわり過ぎているところはないでしょうか。

スパゲティ症候群とクオリティ・オブ・デス

「ピンピンコロリが良い」「眠るように死にたい」と多くの
方がおっしゃいます。しかし「ピンピンコロリ」で死を迎える
ことが出来る人は5%に過ぎない、と在宅医の長尾 和宏先生は
おっしゃっています。

「スパゲティ症候群」という言葉を御存知でしょうか。
昭和の、私が医者になる前からあった言葉ですから、平成が
終わろうとしている今の若い方には馴染みのない言葉かも
しれませんね。

病気の治療のために、胃管(胃瘻)、尿道カテーテル、点滴、
各種モニタ類で「チューブ、導線」だらけになった患者さんを
かつてそう表現した人がいたのです。患者さんの回復や社会
復帰を目指した治療であれば良いのですが、およそ回復の
見込みのない方に同様の治療が行われ、ほんのちょっとの
延命と引き換えに患者さんが大きな苦痛を経験しなければ
ならない…「スパゲティ症候群」という言い方はそんな医療
の在り方に一石を投じたい気持ちから誰かが呼び始めたのでは
ないかと思っています。

しかし病院で死を迎える時は今でもこれに近い医療が行われて
います。頻度は減ったとは思いますが特に若い患者さんの場合
はモニタや微注ポンプ、たくさんの管が繋がれるのが普通です。
皮肉なことに、「スパゲティ症候群」の名前が廃れたのは
このような延命治療がなくなったのではなく、逆に今や日常となり、
家族がこのような医療行為を求める時代になったからではないか
と思います。

しかしこの「スパゲティ化」は難しい側面もあります。昨日
Twitterで、「挿管の時点では延命に当たるか分からない」という
主旨の、医師のツイートがありました。特に救急の場では
ごく限られた時間に患者さんを助ける判断をする必要があります。
この時多くは患者さんは答えられませんので家族が治療を拒否
しない限り救命治療が行われることになるでしょう。結果的に、
「スパゲティ化」の可能性が高いとしても、です(ただそもそも、
このまま看取るという覚悟がある家族の多くは患者さんを病院
に搬送することもないと思われます)。

そして更に難しいことに、確かに医療者が延命でしかないだろう、
と考えて治療していても、患者さんが奇跡的に回復されることが
ゼロではないのです…ただ元通り元気、は難しく寝たきりで胃瘻、
入退院を繰り返すような経過となることも多いのですが…。

医療が語れるのは「確率」です。医療やの知識や経験から処置の
可能性と限界・合併症(期待しない結果も含め)を聞き、
選択したり拒む権利を患者さん、家族は持っています。しかし、
救急医療の判断の多くは「分・時間」の単位でしなければならず、
普段から考えたことのない一般の家族では延命となる「可能性が
高い」医療を断るのは難しい。このような時は家族は混乱し感情的
になっている方も多いのでますます判断は困難です。

家族の意見が分かれていれば尚更です。こういう時は結局、
「延命治療派」が勝つと相場が決まっています。治療が絶対的
正義と考える人はぶれないのに対して、「延命はかわいそう」
と考える家族には迷いがある
からではないかと思っています。

繰り返しになりますが、私達は予め「何かが起きる」前に自分の
意思を残したり、両親から気持ちを聞き、文章や音声に残すことが
出来ます。このことによって希望しない治療を受けずに済んだり、
家族を余計に苦しめないで済むことが多々あるのです。「スパゲティ化」
や延命となるリスクを負っても、可能性にかけたいという人も
いるでしょう。ただその正しい判断のためには先述の「確率」に対する
なるべく正確な知識
を持つことが望ましいのです。

この問題について是非考えてみたいという方は、長尾先生のこの
本をお勧めします。

平穏死できる人、できない人  延命治療で苦しまず

平穏死できる人、できない人 延命治療で苦しまず

オンライン診療の可能性

医療関係者の方は既にご存知の通り、今回の報酬改定から
オンライン診療にルール付けと保険点数が設置されました。
ただ、定められた点数は非常に微々たるもので、手間と初期
費用、維持費を考慮すると完全にペイしないものでした。

例によって、今井先生のブログが詳しいのでリンクを
貼らせて頂きます。

imai-hcc.com

一般の方の中には「オンライン診療って何?」という方も
多いと思います。ひとつの例として、『ポケットドクター』
のサイトでは、動画でオンライン診療を紹介しているものが
ありますので、イメージ出来るのではないでしょうか。
支払いまでその場で済ませることも出来る機能もあるようです。

遠隔診療ポケットドクター – スマホで遠隔診療・健康相談(ポケドク)

さて、今日この記事を書こうと思ったのは2月28日のニュース
でこの遠隔診療を用いた看取りのケースが紹介されていた
からでした。タイトルもズバリ『これがオンライン診療の現場、
「臨時往診がゼロに」』です。

tech.nikkeibp.co.jp

オンライン診療は今後、外来でも確実に普及していくと思いますが
医師が患者さん宅を訪問する訪問診療でより重要な役割を持つと
思います。それは何より医師の移動のための時間短縮であり、また
医療費の削減という意味もあります
。今回の「たろうクリニック」
の経験のように、看取りの場でも有用である可能性が示されました。
電話と異なり、患者さんの様子を目で見ることによって、より正確
に状況の判断が可能です。また何より、オンライン診療は電話再診
と違い処方も出来ることが大きな強みです。

今井先生もおっしゃるように、国はオンライン診療の重要性を
十分に理解しているはずです。医療は今、お金もマンパワーも
大幅に不足しており、今後しばらくは在宅患者さんは増える
一方です。訪問診療や看取りに開業医を巻き込むためにも、
オンラインの可能性は期待されているでしょう。

しかし一方で危惧されることは、恐らくスマートフォンや
タブレットが使われると思いますのでまずこういったデバイス
を使いこなすにはある程度若い方でないと難しいかもしれない
ということです。高齢な方の場合難聴もあり、対面では数分
で済む内容が15分も20分もかかるところが予想出来てしまい
ます。

また何より私が心配しているのは、対面なら見過ごされる
ことがなかったであろう問題で判断を誤ったりミスがある
可能性
です。オンラインが増えれば対面が減り、このような
問題が増えるのは目に見えています。そういった例が初期に
取り上げられれば、医療機関の中で「やはりオンラインは
危険」という空気が出来上がってしまうかもしれません。

そういう意味で、国も今回の改定で本格的にオンライン
解禁には踏み切れなったのだと思います。しかし、方向性
を示した
意味はあったと思います。また、訪問診療における
電話再診が事実上姿を消したこともオンライン診療への
布石ではないかと思います。

私?慎重派なので今回は様子見のつもりです。