がんの告知と自殺率
がん全体の5年生存率は上がっており、50%になると言われ
ますが、依然がんは死の病のイメージが強く診断後自殺して
しまう方が多いと問題視されています。
まず、私の過去の記事を御紹介します。
こちらで私はニューイングランドジャーナルオブメディスン
という雑誌で2012年に発表されたスウェーデン人を対象と
する報告を紹介させて頂きました。がん診断後1週間の自殺
率が12倍以上になるという強いインパクトのある報告でした。
その後、日本でも同様の調査があります。国立がん研究センター
が1990年から20年間にわたって行った調査では、「がんと診断され、
告知から1年以内に自殺した人の割合は健常者の約20倍」という
更に深刻な結果でした。国民性が関係しているのでしょうか。
1年が経過した「その後」は、自殺者の割合は2倍程度になります
が、それでも多い数字です。
がん告知の是非については機会があれば改めて書こうと思い
ますが、重要な点だけ書かせて頂くと、「自殺率がいくら
高かろうと」それは患者さんが知る権利、自分らしく生きる
権利を奪う理由にはならないでしょう。また、未告知群の
自殺率の公表こそありませんが、長い目で見ると告知を
受けなかった患者さん達の精神状態が良いとは私には
どうしても思えません。
むしろ私は以上の事実から、「告知の在り方」「患者さんの
支え方」に対する議論がもっとなされるべきではないかと
思います。いえ、一部では随分研究もされていますが、多く
の医療者が甘く考えずもっと認識すべきです。どのような
告知が良いのかは一言で言えば患者さんに配慮した方法と
いうことになります。がんセンターでは「告知マニュアル」
を作っていますので最低限読んでおくべきです。
http://pod.ncc.go.jp/documents/communication01.pdf
ベテランの先生は「何を今更」と思われるかもしれませんが
告知の方法で嫌な想いをされている患者さんは実際には多く、
立ち止まって見直す機会は必要ではないでしょうか。特に
検査直後に検査室で告知、また他の患者さんがいる病室で、
等は流石に最近はないと思いますが、論外です。必ず家族
や病棟の看護師さん等の立ち合いもお願いするべきだと
思います。
また、自殺が多いグループ、たとえば男性・頭頚部癌・
肺癌等や、スクリーニングでハイリスクと判断される
患者さんには精神科や緩和ケア科等の該当する部署での
フォローアップ、家族へのリスクの説明や患者グループ
への紹介等、孤立しないような配慮が何かしら出来ると
思います。うつ・不安のスクリーニングとしては、以下
が有名です。念頭に置き、アンテナを張り巡らせること
で救える命があるかもしれません。
末期がん患者さんの吐下血
報告によりまちまちではありますが、末期がんの患者さんの
1~5%に顕著な吐下血が起こると言われています。特に吐血
は御本人にとっても死を強く連想する恐ろしい出来事だと
思います。この場合医療者は、家族はどのような対処をすべき
でしょうか。まず、ひとつ文献を紹介します。
Gastrointestinal Bleeding In Advanced Cancer Patient
(Jounal of Pain and Symptom Management 19:160-162,2000)
上記論文では、緩和ケアプログラムを受けている患者のうち2.25%
に顕著な吐下血が起こると報告しています。18例の患者さんのうち
10例が48時間以内に死亡、8例が回復しました。
治療は4例が輸血を受け(輸血を受けた4人中3人が生存)、
7例が止血剤を投与されました。内視鏡的治療は受けていません。
予後を明確に分ける因子はADLでした。Karnofsky Performance
Scaleで50以上は全例生存、30以下は1例を除き全員48時間以内
に死亡しました。つまりADLがほぼ寝たきりで入院を要する程度の
患者さんでは、吐下血による死亡率はかなり高いという事です。
これはもちろん出血の原因にもよりますし、緊急内視鏡が出来れば
予後改善にはなるかもしれません。しかし、数日以上の絶食や
安静を要するとすれば、これらのADL低下患者のADLは更に低下
する事は免れないうえに、もちろん繰り返すことも少なくありません。
不本意な延命治療に結び付く可能性もあり、やれば良いとも言い切れません。
すると一般的な対応としてはトワイクロスにあるように、24~48時間
を経て安定している場合に輸血を考慮する、という対応が妥当で
あると思われます。緊急内視鏡が出来る施設では無論optionには
なります。
在宅ではどうでしょうか。こんなものがあります。
在宅終末期がん患者における致死的出血事例の検討
Palliat Care Res 2016; 11(1): 506–09
緩和ケア学会のサイトから全文無料ダウンロードが出来ます。
こちらでは在宅療養中の患者さんで顕著な消化管出血で亡くなった
7例(全体の1.4%)についてのレビューです。PSは2以下、1例が
搬送、6例は在宅で亡くなりました。在宅死の6例は全例事前に
出血の可能性について説明を受けていました。出血をきたした
時に医療者はおらず、15分~54時間で患者さんは亡くなりました。
6例のうち1例はジアゼパムの座薬を使用、1例は止血剤を投与
されています。
以上から私が考えることは、急変の可能性を告げる際に消化管
出血について話をすることが重要だと言うことです。特に肝臓がん
は原発はもちろん転移でも病巣が大きければ顕著な吐下血の
超ハイリスクであり、当然未切除の消化管のがん、血症板低下や
凝固系の異常、抗血小板薬等の使用、ステロイド、NSAIDs使用例
では話をしておいた方が良いでしょう。出来れば患者さんには
鎮静剤の使用について情報提供しても良いと思います。
PSが0~1では当然積極的治療を視野に入れた方が良いと思いますし、
3~4では苦しみが長くなるリスクを考えた上で搬送・治療を
判断した方が良さそうです。
出血が患者さんの苦痛に繋がるかと言えば、ゼロではないに
しても他の様々な症状と比べ大きくはないと思います。ただ、
患者さんの恐怖は普通に考えて大きいでしょう。この時に
家族が、あるいは医療・介護者が治まるまで寄り添えるなら、
色々な意味で難しいかもしれませんが患者さんはこの上なく
安心すると思います。
在宅では、患者さん・家族の恐怖が大きい場合や可能性を話して
いなかった場合は搬送もやむを得ないと思います。ただ、難しい
問題は、上述のように病院では不本意な延命治療が施される可能性
もあるということは、考えに入れておいた方が良いかもしれません。
目的と手段を入れ替えてはいけない
Twitterで見た、ある薬剤師さんのツイートを御紹介します。
在宅医療の主語は誰か?
他ならぬ患者さんである医療従事者が訪問するから在宅医療なのではなく、
患者さんが自宅で暮らしながら受ける医療が在宅医療なんだと思うだからこそ、訪問は手段なんだと思っている
『在宅医療の主語は誰か?』
これは私も、とても大切なことだと思っています。
主語が医療者にはなっていないでしょうか?と言うのは
在宅医療では、その在宅医療自体が目的になって
しまっているケースを時々見聞きするからです。
例えば、訪問診療で「うちの診療所は看取り率が90%です」
等というところがあります。確かにこのクリニックはとても
頑張っているのだと思いますが、本当に90%の患者さんが、
あるいは家族が自宅を望んだのか?という疑問も湧きます。
またがんの終末期限定ならまだしも、肺炎や心不全であれば
在宅で治療が良いか入院も考慮すべきかはケースバイケースの
はずです。『訪問診療を希望』=『入院は絶対にしたく
ない』とは限らないと思うのです。出来るだけ家で
過ごしたいが、最期は病院でという患者さんもいます。
患者さん・家族の願いを聞いていたら、結果的に在宅
看取りが90%になりました、なら良いのですが、
はじめに在宅看取りありきで関わるならちょっと問題です。
今風に言うなら、「患者さんファースト」であるべきで、
「在宅ファースト」「看取りファースト」になっては
いけないということです。
また、何度も例に出して申し訳ないのですが、「うちの
セデーション率はこんなに低いです」というホスピスも、
セデーションをしない事が「目的」になっていないかを
考えるべきだと思います。「看取り率」「セデーション率」
が目標になってしまうと、患者さんの希望や訴えが後回し
になりそうな危うさを感じます。本来、そんな数字は
どうでも良いはずです。在宅医、緩和ケア医は、「どれだけ
患者さんに寄り添えたか」が問題だと私は思います。
物理的な場所が「家だった」事が重要なのではなく
例えばホスピスで安心して穏やかに最期を迎えること
が良い場合もあるのではないでしょうか?
本来医療は患者さんの人生を手助けする「手段」です。
医療者の描く、良いと信じる医療を達成することが
「目的」ではありません。そこを取り違えないように
しないといけないと思います。