Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

「身の置き所のなさ」

がんの終末期に、表現のしようもない辛さを経験する
患者さんがいらっしゃいます。このような場合、表題の
「身の置き所がない」と表現される場合があり、
また逆にこちらから「身の置き所がない感じですか?」
と問い、肯定される場合もあります。

しかし、「身の置き所がない」というのは難しい言葉
です。表現するものが人によって違うこともあるでしょう。
人によっては「だるい」「エラい」「しんどい」という
言葉を使われることもあり、これを「倦怠感」と理解する
医療者も多いと思います。しかし、倦怠感はきっと、
「身の置き所がなさ」の一部を表現しているに過ぎない

というのが今の私の考えです。

また、色々な書籍やインターネットで検索するとお分かり
のように、「身の置き所がなさ」を「せん妄の一種」と
解釈している人もいます。じっとしていられないような
感覚があるからでしょうか。じっとしていられない、と
言うとアカシジアが浮かびますがこれもちょっと違います。
せん妄の場合もあるかもしれませんが、どう考えても違う
場合も多々あります。

実際には本当に表現が難しい、しかし経験をしたこともない
苦しみが、この時期に起こることがあるのでしょう。私達
が普段経験する、休めば治る程度の「身の置き所がなさ」
や倦怠感をイメージしていると、この辛さは理解出来ない
かもしれません。程度は人によると思いますが、実際には
痛みや呼吸苦に耐えられた患者さんも、この症状のために
「入院させて」「死なせて欲しい」とおっしゃる事がある
くらい
なのです。

この症状はしばしば薬剤抵抗性、難治性で対応に苦慮します。
基本的な考え方は他の症状と同じように、取り除ける苦痛
を考え、それを取り除いて行きます
。不眠・宿便や排尿障害など
取り除くことで身の置き所のなさが改善する例もあるそう
です。採血で貧血や高カルシウム血症、脱水、高血糖、感染症
が明らかになるかもしれません(実際にはそれ程うまくいく
ことは少ないですが)。

倦怠感であれば、リンデロン等のステロイドが有効な場合が
あります。しかし、これもまた一部の患者さんのみです。
他に安定剤やモルヒネが使われる場合があるようですが、
正直なところ私はこの症状にはモルヒネも効果があるとは
思っていません。ただ、他に方法がない辛さであれば、
効かないと決め付けず試していくしかありません。
もちろん、これらの薬剤はもしせん妄であれば悪化させて
しまう可能性があります。かと言って、せん妄の治療の
つもりでセレネースやセロクエルを使用してもあまり役に
立った試しはありません。

実はこの「身の置き所のなさ」も終末期の継続的な鎮静
(CDS)の理由のひとつになっています。全身状態から
死期がせまってるのが明らかであれば、いたずらに検査
や投薬を試す時間が長引くのは気の毒な気がします。
少なくとも鎮静の選択肢は患者さんに伝えるべきでしょう。
私が以前書いたブログに、この症状で鎮静を行った患者
さんの話が出て来ます。この時私は症状を「強い倦怠感」
と理解しており、そのように表現していますが。

緩和ケア病棟24時:Nさんの想い出 - livedoor Blog(ブログ)

このブログの3月の記事に、東札幌病院CDSが0.05%である
という記事を取り上げました。また、在宅ではCDSは不要
であると言い切る在宅医もいます。強い「身の置き所のなさ」
で苦しむ患者さんは一定の割合でおり、その数は0.05%より
ずっと多いはずです。CDSが不要と言い切るこの医師たちは、
「身の置き所のなさ」に苦しむ患者さんにどのような魔法
を使っているのでしょうか。安易なCDSは反対ですが、
癒すことも出来ず有無を言わさずCDSという選択肢を取り上げて
いるなら、それは緩和ケアと呼べるのだろうかと私は思います。

認知症~安全よりも大切なもの

2015年に、関西のカジノやパチンコ、マージャンなど
娯楽設備を備えた介護施設について、行政はパチンコ
やカジノを主なリハビリ手段として使用すること、施設内
で流通する疑似通貨の使用を禁止する条例を制定しました。
理由は、高齢者がギャンブル依存症に陥る懸念や、税金が
投入される介護保険施設としてふさわしくないという
疑問の声が上ったため、としています。利用者はとても
楽しみにしていたようで、残念だという意見も書かれて
いました。

私が知る範囲でもカジノや麻雀が置いてあるデイサービスは
まだありますので全面的に禁止された訳ではないようです。
と、思って調べたら、こんなところがありました。

デイサービス・ラスベガス

パチンコはともかく、マージャンやカジノは高度な思考力
を要します。何より、「楽しい」という感覚はとても重要で、
デイサービスが楽しみで仕方ないと思えるなら個人的には
良いと思います。

疑似通貨で本当に依存症になるのかは分かりませんが、
デイや老人ホームの利用者さんの中には過去に依存症の既往
がある人もいると思いますし、ギャンブルというととても嫌な
想いをする御家族もいらっしゃると思います。もちろんこれが
ギャンブルである必要はなく、もっと多くの方が嫌な想いを
しない方法でも工夫は出来るように思います。

例えばリハビリにゲートボールや輪投げのような種目を
取り入れている取り組みもあります。

gagoltherapy.com

その他にもカラオケや、実際にお酒は出なくてもバーのような
空間でノンアルコールのカクテルやビールでも雰囲気は楽しめる
と思います。そういえば桜町病院の聖ヨハネホスピスには
お酒も出るバーがありましたね。洒落たレストラン風の部屋
でも良いと思います。

どうも日本は高齢者に、とりわけ認知症の高齢者に、「危ない
から、身体に悪いから」と容易に何でも取り上げて閉じ込め、
管理しようとする傾向が強いと感じます。確かに危険は減り
ますが、結果的にとても禁欲的な生活を強いられ、高齢者達は
目がうつろになり、「死にたい」「生きていても仕方ない」
と言う方が大勢いらっしゃいます。

ところでオランダには認知症の高齢者が暮らす村があります。
「ホグウェイ」というのですが、皆さんはお聞きになった事
がありますか?

www.huffingtonpost.jp

「転んだら大変」「誤嚥させたら訴えてやる」等と言っている
我が国ではとても考えられないような大胆な発想ですが、認知症
の方が生き生きと生活することを第一に考えれば、このような
考えは当然「あり」だと思うのです。認知症の患者さんの楽しさ
や喜びを重視する風潮がもっと拡がると良いと思います。

認知症患者さんと三八式歩兵銃

数日前、Twitterでこんな写真入りのツイートを見ました。

f:id:baumkuchen2017:20170704080418j:plain

介護施設で、認知症の患者さんに旧日本軍が使用していた
三八式歩兵銃のモデルガンを渡したところ、今まで座って
ばかりだった人が立ち上がって歩き出した、という記事
でした。昔の戦争の記憶が脳を活性化させる、という
テロップが見てとれますが、軍隊を経験した男性にとって
この銃が、国のため、家族のために戦った誇りの象徴なの
ではないかと思います。この記事をリツイートしたところ、
軍隊での階級を、挨拶の時に尋ねる医師がいる、シャキッ
とする方もいらっしゃる、という返信を下さった方も
おられました。コウノメソッドの河野先生は戦闘機や武器の
マニアで、患者さんとの雑談に意図的に戦争の話をする
ということを書いておられました。

もちろん、戦争が思い出したくもない嫌な記憶として残る
方も多く、注意する必要があります。当然ながら私は何も、
戦争の話をしたり銃を持つことが良い、という話をしたい
のではありません。認知症の患者さんが失ってしまった、
誇りであり、輝いた記憶、語りたい物語を呼び起こすことが
大切で、この三八式歩兵銃はその一つの例に過ぎないのです

実は興味を持ってこの記事を調べると、2013年には既にこの
写真が出回っており、既に元記事からは数年経過している事
が分かりました。しかし、残念な事に、期待した「この記事の
後日談」は見付けることが出来ませんでした。三八式歩兵銃の
アイディアはとても良かったと思いますが、ただモデルガン
だけで元気になるのはせいぜい数日であったと推測します。
これだけで元気になり認知機能が改善するのであれば、今頃
介護施設は三八式歩兵銃だらけになっていることでしょう。

しかし、先程もお書きしたように認知症の患者さんの中に
眠っている「大切な物語」を想起出来る何かが、銃を見せる
ような「一発芸」ではなく継続的に体系的に想起出来る工夫
があれば、それは認知症の患者さんの暮らしやリハビリに
大いに役立つのではないかと思うのです。テレビも映画も、
あるいは食べ物でも、若者向けのものばかりで、多くの
認知症患者さんは退屈しています。企業はもう少し認知症の
患者さんをターゲットにしたコンテンツが工夫出来ないもの
かなぁ、と思います。結構巨大な市場ではないでしょうか。