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Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

「臨床宗教師」

我が国では、医療と宗教は相容れない存在である
かのように扱われています。

山崎章郎さんが東北大学医学部で講義されたことが
あって、それを聞きに行った時のことだ。宗教性の
重要性を話し始めた途端、学生たちはうすら笑いを
浮かべていた。なんとも異様で、「こいつらが医者
になったとき、どうやって人を看取るんだろう」と
背筋が寒くなったほどである。
日本人は無宗教であることが近代人の証だと信じて
いるようで、宗教のようなものを云々するのは医者
の風上にもおけないと思っているのだろう。これが
日本の医療を特殊なものにしていることに気がついて
いない。

岡部健先生の『看取り先生の遺言』からの抜粋です。

医療者が口癖のように使う『エビデンス』という言葉
があります。統計学的に証明された、証拠に基く医療
はEBM(Evidenced-based Medicine)は言うまでもなく
大切です。

しかし、治癒が見込めず死が近いと判断された患者さん
にとっては、エビデンスの恩恵は少なく、「科学的
根拠」以外のものが大切になって来るようです

ホスピスの語源が中世の初めヨーロッパ西部で巡礼者
を休ませた宿泊施設であったように、ホスピス・緩和
ケアはもともとキリスト教を背景に生まれました。
日本でも特に初期のホスピスは「聖隷三方原」や
「聖ヨハネホスピス」等、キリスト教を母体とした
施設が多く見られました。しかし、ここ最近は宗教性を
排除したホスピス・緩和ケアも多くなりました。
これには良い部分も悪い部分もあると思います。

先に紹介させて頂いた岡部健先生は、自らも末期がんを
患い治療を受けながら、末期医療に宗教介入の必要性
を感じておられました。また、先日膵臓がんで亡くなった
内科医であり僧侶でもあられる田中雅博さんも、死に
ゆく苦しみは医師にも科学にも救えないとおっしゃって
います。死は誰も体験した事がなく、まして死後など
分かりません。エビデンスがない事に、医師は答えよう
がないのです

president.jp

多くの患者さんを看取り、自らも末期がん患者となった
共通点を持つお二人が関わった「臨床宗教師」という働きが
最近注目されるようになっています。特定の宗教を
勧めず患者さんの訴えを聞き、不安や恐怖を和らげる
手伝いをしようと考える宗教家
のグループです。

www.nhk.or.jp

私個人は宗教の押し付けはもってのほかですし、宗教は
必須ではないと考えています。緩和ケア、精神科、
カウンセラーで間に合うなら、それはそれで良い
と思うからです。しかし、助けを必要としている患者さん
がいて、苦悩を軽減するための叡智があるなら、アクセス
出来る情報をお伝えすべきではないかとも思います。
臨床宗教師にはその可能性を感じ大いに期待しています。

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