Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

緩和ケア医とDr.キリコ

手塚治虫先生の代表作『ブラックジャク』にDr.キリコ
という医師が登場するのですが、御存知でしょうか?
助からない患者さんを「法に触れない方法(!)で」
安楽死に導く、という仕事をしています。ブラック
ジャックでは準レギュラー的存在で、全部で9回ほど
登場するようです。一見して悪者顔でやっている事も
怪しいのですが、ただ安楽死を施すだけのキャラクター
ではなく、意外に人間味があったりして一部に根強い
人気もあります。

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ブラックジャックは、もともと『チャンピオン』という
子供向けの雑誌なのですが、敢えて少年誌に「安楽死
を施す医師」という微妙な登場人物を、手塚治虫先生
がどういう気持ちで登場させたのかも、興味がある
ところです。他の医者漫画や医者ドラマに、こういう登場
人物は決して多くないですからね。

今日Dr.キリコの話をしようと思ったのは、実は
こんな本を発見したのが切っ掛けです。最近の漫画で
4月末に2巻が発売されたようでした。

Dr.キリコ?白い死神? 1 (ヤングチャンピオン・コミックス)

Dr.キリコ?白い死神? 1 (ヤングチャンピオン・コミックス)

表示はkindle版になっていますが、もちろん単行本も
あります。

早速購入して読んでみましたが恥ずかしながら
ちょっと泣けました。とても良い話です。
『がんで治る見込みはないが呼吸器に繋がれて症状が
安定している義母』とちょっと無理のある設定では
あるのですが、そこにある愛憎や子供を想う母親の
気持ちの揺れ等は結構リアルで、またそっけないキリコ
さんが実はとても優しくて…文句なしにお勧めです。

それはそうと、せっかく緩和ケア医が書いているブログ
なので少しだけ掘り下げてみましょう。

日本では、もちろん「安楽死」は認められておらず、
合法的な方法などあるはずもありません(そこはまぁ
少年誌ということで)。しかし、ブラックジャック
のDr.キリコのこんな台詞や、

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また御紹介したDr.キリコ~白い死神~のこの台詞、

『死が決まっている人間を
苦しませ続けてまで無理やり生き延びさせる
意味がどこにあるんだね…?』

…救えるものなら救いたい。いつまでも生きていて欲しい。
しかし、それが叶わないならせめて苦しまないように。

価値観・死生観はそれぞれですがそういう想いは
きっと理解出来るという方も多いのではないかと思います。

残念ながら、現実にブラックジャックはいません。
仮に凄腕の名医がいたとしても、医学は老いや老衰
には太刀打ち出来ません。

ところで私もDr.キリコには共感するところも多く
大好きなキャラクターではありますが、表題に戻り
ますと緩和ケア医が目指すものはDr.キリコとは
かなり違います。むしろ、Dr.キリコが必要なくなる
ことを目指すのが緩和ケア
です。緩和ケアの目標は、
患者さんが少しでも苦痛なく「生きる」ことですから。

ブプレノルフィン(レペタン)

本日の内容は医療者向けになります。
長尾和宏先生の町医者日記の記事から。

blog.drnagao.com

簡単に内容をまとめると、ブプレノルフィンには色々
な長所がありもっと見直されて良いのではないか
という内容。

ブプレノルフィンはオピオイドのパーシャルアゴニスト
(部分作動薬)であり、1996年より除痛ラダーの第3段階
(強オピオイド)に分類されながら、麻薬処方箋が不要
という変な薬剤
です。古くはレペタン(座薬・注射)と
して各種がん、術後や心筋梗塞の鎮痛に用いられており、
2011年にはノルスパンテープが慢性疼痛の治療薬として
再登場したのは記憶に新しいところだと思います。

慢性疼痛では、使用が長期になることから性腺機能低下
や免疫抑制作用が少ないブプレノルフィンを使う意義は
大きいものと思われます。しかし、癌性疼痛に関しては
これだけ優れたオピオイドが揃った今、敢えてレペタン
を使う場面があるのだろうか
、というのが私の意見です。

ブプレノルフィンは1990年代までは『天井効果』があり、
ある用量以上を用いても効果が頭打ちになると考えられて
来ました。しかし、最近の知見では鎮痛効果に天井効果
はないというのが定説になっています。部分作動薬という
特性を考えると、やはり天井効果はあるのではないか、
とも思いますが、あったとしても少なくともこれまで
考えられて来た限界(3~5mg/day)を遥かに上回るようです。
強いて言えば、麻薬の取り扱いが困難な時に、レペタン
を使用するケースが、もしかしたら有り得るかもしれません。
(レペタンは麻薬及び向精神薬取締法における第二種向精神薬
として取り扱われています)。

ところが、少し気になる記事もあります。

knight1112jp.at.webry.info

フェンタニルとレペタンを併用したら、鎮痛効果が高まって
問題なかったよ、という主旨です。

しかし、一言で言えば効果と安全性にエビデンスがなく
止めて頂きたい
と思います。第一、併用のメリットが
ありません。患者さんを使ってこんな実験をせずとも、
フェンタニルを使っているなら、フェンタニル
を増やせば良いではありませんか
。「ほら、効果が
あったよ」と言いますが、効果がなかったり副作用
が出たらどうするつもりだったのでしょう。

オピオイドの併用は未知の部分が大きく、まして部分
作動薬であれば尚更です。レペタンは受容体との結合
力がとても強く、添付文書上でも高用量において
モルヒネの作用に拮抗するとの報告があると書かれて
いますし、注意すべきは単に痛みが増強してしまう、
という理由だけでなく退薬症状という大きな問題を
引き起こす可能性が少なからずあります。
退薬症状は併用時もそうですがモルヒネ(フェンタニル、
オキシコンチン)→レペタンでも当然起こるので注意が
必要です。

また、呼吸抑制は常用量では稀、という記載をよく
見掛けますが、私は数少ない使用経験で重篤な呼吸抑制
を経験しており、半減期が長く拮抗がとても難しい
薬剤なので怖い想いをしました。がん末期の患者
さんでは全身状態が不安定なので過信しない方が
良いと思います

結論として、ブプレノルフィンの見直しは反対
しませんが、安易に考えることは危険で、
基本的にはきちんとモルヒネを使いこなせる先生が
使用すべきだと思います(但し、そうなると上述した
ようにレペタンが良い理由は少ないのではないかと
思いますが)。

また、オピオイドの併用は使用量の把握が煩雑に
なり、お互いの長所を打ち消すことにもなること、
エビデンスが殆どないことから出来る限り避ける
べきだと思います

がん代替療法、医師の態度

本日は最近読んだ朱郷 慶彦さんのブログを紹介します。
朱郷さんは小説や脚本を手掛けるライターですが、
2015年11月に末期がんの宣告を受けています。
ブログの記事は、 朱郷さんが代替医療の話に触れた
途端、読者からの批判が相次いだ、という内容です。

gendai.ismedia.jp

朱郷さんは、さすがライターです。主旨が理路整然と
分かりやすく、ユーモアも多分に交えて書かれています。
手術・放射線治療・抗がん剤といった、科学的根拠の明確
ないわゆる標準治療以外は受けるべきではないとする
人達と、補完代替療法を支持する人達をそれぞれ「早乙女派」
「山田派」と呼び(詳細はブログ参照)、その対立の構図を
分析していますが、とても共感します。

※早乙女派、山田派は朱郷さんの造語なので他で使っても
通じません!

私は医師ですから、まず科学的根拠がある治療を勧めます。
当然です。しかし、副作用で治療が受けられない、あるいは
もう有効な治療がないという人に、「ただ座して死を待て」
と言うことが医師の正しい態度とはどうしても思えません

代替治療を「勧めろ」とは言いませんが、患者さんの心情を
理解し、寛容であっても良いのではないか
と思っています。

第一、患者さんは「科学的根拠のある治療」しか受けては
いけないという決まりはありません。インフォームドコンセント
にしても、患者さんはそれに従う義務も義理もありません。
患者さんの意志が固ければ最終的には医師も折れるでしょうが、
冷笑や脅し、心無い一言など、患者さんが一生忘れられないような
ひどい態度である事も多いようです。何故そこまでの態度をとる
必要があるのでしょうか。

「正直、効かないとは思うけれど、後悔しないように試してごらん。
何かあったら、いつでも戻って来て良いんだよ」せめて、
これくらいの言葉で患者さんを送り出す事は出来ないのでしょうか。
きっと患者さんにとっては病状を受け止めるために必要な
プロセス
なのだと思います。この時期の患者さんに必要なのは、
エビデンスではなく心の支えではないでしょうか。

患者さんの弱みにつけこみ、法外な金銭を巻き上げる医療機関が
あるもの事実です。しかしこれも含め最終的に判断するのは
患者さんです。医師が出来ることは、誠実に考えや想いを伝える
こと
。ここで声を荒げたり、脅しても患者さんはますます
インチキ医療機関に走るだけです。信頼関係があれば、どこかで
患者さんを救うチャンスがあるかもしれないではないですか。

ただ、サイモントン療法だの、野菜ジュースだの、なんとかキノコ
だのに、いちいち目くじらを立てる必要があるでしょうか?
緩和医療学学会のCAMに関するガイドラインによれば、がんの
患者さんの45%が代替補完療法を行っています
。二人に一人、
です。終末期に限定すればきっともっと多いでしょう。私は医師
を含め多くの末期がん医療者を知り、担当させて頂きましたが、
正直医療者も代替療法を受けている方が多いですよ。代替医療を
試したいという患者さんは、主治医を信頼していないからでは
なく、むしろ信頼しているからこそ相談している事を忘れないで
頂きたいと思います

エビデンスはとても重要です。しかし、全てではありません
エビデンスの上にナラティブを載せて、初めて医療が成り立つ
のではないかと私は思っています。