Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

「早期からの緩和ケア」は実践出来るのか?

がんの終末期の患者さんの苦痛を軽減する目的で行われて
来た「ターミナルケア」は、より早期の患者さんに対して
も必要なケアであるという理解が深まり、「緩和ケア」と
呼び名が変わりました。しかし多くの患者さんは、いえ、
医療者ですら「緩和ケア」=「ターミナルケア」という
考えが抜けておらず
、治療医も患者さんも緩和ケアを時期
尚早と考え患者さんの多くの苦痛が改善されずそのままに
なっています

我が国でもがん拠点病院に緩和ケアチームの設置が義務
付けられ、病院のサイトや院内にケアが受けられるとの
告知がなされているはずです。また、患者さん側から
主治医に希望を伝えるのは難しいのではないかとの配慮
から、スクリーニングのアンケートが行われ、苦痛を
有する患者さんに緩和ケアチームの方から介入する、と
いう試みも行われて来ました。厚生省もこんなパンフ
レットを用意しています(PDFファイルです↓)。

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000046381.pdf

しかし、正直なところあまり成果は出ていないようです。
問題点は既に分かっており、
1.上記に挙げた通り、患者さんの理解・医療者の意識が低い
2.主治医と緩和ケア医の連携が困難な場合が多い
3.病院のマンパワー不足

です。特にマンパワー不足はしばしば深刻です。
ひとりの患者さんに向き合う時間が、多忙な医療者
には圧倒的に足りません。

この問題について、小杉先生の書かれた記事が現実の
問題点を良くまとめられていると思います。

www.huffingtonpost.jp

アンケートを実施したところで結果を生かせていない
現状、終末期の緩和ケアですら必要な患者さんを長い
時間待たせている状況で、早期からの緩和にどれだけ
力が割けるのか
。「医療資源」は限られている、という
本当に尤もな御意見です。

もちろん、このままで良いとは思いません。いつか
患者さんにとっても治療医にとっても抗がん剤治療中
の緩和ケアが当たり前になるように、繰り返し問題を
取り上げ続けていく必要があります。

マンパワー不足はどの部署も深刻なのですが、質の良い
「早期からの緩和ケア」を実践するためには人材が
必須で、「絵に描いた餅」で終わりにしないようにする
にはどうしても相応の資金も必要になると思います。

将来的なビジョンはさておいて、今困っている患者さん
はどうすれば良いのか。かかりつけの病院で十分な対応
が難しいとすれば、今すぐに出来る現実的なアドバイスは、
訪問診療の導入です。訪問診療医は、緩和についての
スキルを持つ医師が多く、また比較的時間をかけて患者さん
と関わることが出来ます。近隣の訪問診療医を調べ
相談してみるのも良いと思います(ケアマネさんが
地域の訪問診療医の情報を持っている事が多いです)。

また、将来の可能性として、川崎市立井田病院の西
先生の取り組みを紹介したいと思います。
長くなりましたので、続きは次回。

「治さなくてよい認知症」

本日は書籍の紹介です。

治さなくてよい認知症

治さなくてよい認知症

老年期精神医学の専門家である著者が、今の認知症医療
の問題点、疑問点を取り上げた一般向けに書かれた本。
「認知症は治らない」という大前提に立ち、

・早期発見、早期治療の無意味さ、それを煽るメディア
の態度
を疑問視。
・本人がいないかのように介護者と医療者で話をし治療
を進めている現在の認知症医療に対する批判
治そうとするのではなく理解しありのままを支える
ことで患者さんも自信を回復し幸せな時間を過ごせる

・間違いを指摘しない、叱らない

と言った内容を繰り返し述べています。
書いてあることは正しいと思います。ほぼ異論は
ありません。が、本当に介護に困った方が読んで
気持ちが楽になるのかは疑問に思いました。

確かに、御本人の気持ちを傷付けないようにする配慮が
今の認知症医療には欠けています。「どうせ分からない」
とでも言うかの如く、家族と医師だけが話している外来

プライドが傷付き、きっと患者さんは恥をかかされた
という想いが残るでしょう。

上田先生が指摘されているように、BPSDの多くは対人
関係から生じ、不安を軽減することでBPSDが減ることも
確かだと思います。アルツハイマー型認知症の患者さん
は物事を忘れてしまう訳ですが、『感情と結び付いた
記憶』の力を侮ってはいけません

ただ、恐らくこの本を読むことになる御家族・介護者
への配慮は、「上っ面」な感が否めません。大変ですね、
と言いながら、「受容せよ」「努力せよ」という
メッセージが繰り返されています
。これを読んで頑張る
ことが出来る御家族は、きっと読まなくても頑張れる
のではないかと感じました。本当に苦しんでいる御家族
に『正論』『奇麗事』は百害あって一利なし、です

(ちょっと言い過ぎかもしれません、すいません)

私はこの点はコウノメソッドの河野先生の考えの方が
スッキリします。まずは介護者を支えなければ、御本人
だけが救われる、という事は殆どないのです
。上田
先生は抗精神病薬の使用についても基本的には否定、
というお立場ですが、まず御家族の苦痛を取り除く事で
御本人との関係が修復され、いずれ薬が徐々に必要なく
なっていくというケースは少なくありません。
処方はもちろん患者さんの身体に気を付けながらですが、
もう少し柔軟に考えた方が良いようにも思います。
特にいわゆるピック病では、「BPSDの根本にある問題」
など考えてはいられない事態になっている事がしばしば
あります。

批判ばかり並べてしまいましたが、親や配偶者の「もの
忘れ」が気になりだした、「もの忘れ外来」に行った方が
良いだろうかと迷っている御家族には必須の知識
であり、
是非一度読んで知っておいて頂きたい内容になっている
と思います。

胃瘻が「卒業」出来る患者さんの割合は?

胃瘻は口からモノを摂れなくなった患者さんの胃壁に
穴を開け、直接胃に栄養剤や水、薬を注入する方法です。

栄養剤で栄養状態が改善すれば、治療中の病気が良く
なればまた嚥下機能も改善し、食事が摂れるように
なるのではないか
?それはその通りなのですが、
現実はどうでしょうか。

胃瘻造設の時に医師はこう説明するはずです。
「胃瘻は必要がなくなったら抜くことが出来ます。
抜けば穴は自然にすぐ塞がり、小さな穴の痕が残るだけです」

上記説明を聞いた御家族は、いつか胃瘻が抜け、
口から食べられるようになる患者さんを想像することでしょう。

胃瘻が不要となり、抜去出来る方の割合は、こちらを参考に
させて頂きました。出所は厚生省なので最も現実を反映して
いるものと思われます。

www.mnhrl-blog.com

その年の造設率と抜去率で計算しても厳密な数字には
なりませんが、年によって著しく変わることはない
ですので参考にはなります。計算するとだいたい
3.7%ということになります。どのような患者さんを
対照に胃瘻を造るかでデータは変わります。直前まで
元気だった方に限って胃瘻を造れば、あるいは本当は
いらなかった患者さんにまで胃瘻を造ればもっと数字
は良くなります。中には全体の24%が抜去可能だった
という、現実を全く反映していなさそうなデータもあり
ますが、ここまで行くと出来る子ばかりを入塾させて
受験合格率を上げている予備校みたいなもの
です。
ですが、責めている訳ではありません。それが胃瘻
を造設する病院の本来の姿かもしれません。

しかし、逆にもともと寝たきりに近く、かろうじて食事が
摂れていた方が肺炎で入院し、食べられなくなった、等と
いう方では、全体の平均である3.7%より低くなることは
想像に難くありません。

もちろん、胃瘻は抜けなくても「少しは食べられるように
なる」方
はいらっしゃいます。味を楽しむ程度食べて、
足りない分は胃瘻。これが胃瘻の理想のかたちかもしれ
ません。こちらをご覧下さい。少し古いですが2000年に
行われた名古屋大学とその関連病院の417名を対象とした
調査です。

胃瘻PEGの論文:経皮内視鏡的胃瘻造設術術後,経管栄養を離脱し得た症例に対しての検討

こちらでは、胃瘻が不要となり抜去した患者さんが5.8%、
胃瘻は入ったままでも経口摂取が可能になった患者さんが
9.5%であった
ということです。但し、胃瘻を抜いた方の
26%が再度留置になっています(観察期間は全体で約7年)。
ちなみにこの数字、訪問診療8年目の私の感覚ではやや
良過ぎるデータです。

ざっくりですが、100人の方が胃瘻をして抜去可能は4~5人。
その4~5人のうち1人は数年以内に再留置。10人は胃瘻は
抜けないものの、いくらかは経口摂取が出来るようになった。
しかし、逆に言えば100人のうち85人は恐らく一生食事が
出来ないまま
、という事になります。