Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

胃瘻が「卒業」出来る患者さんの割合は?

胃瘻は口からモノを摂れなくなった患者さんの胃壁に
穴を開け、直接胃に栄養剤や水、薬を注入する方法です。

栄養剤で栄養状態が改善すれば、治療中の病気が良く
なればまた嚥下機能も改善し、食事が摂れるように
なるのではないか
?それはその通りなのですが、
現実はどうでしょうか。

胃瘻造設の時に医師はこう説明するはずです。
「胃瘻は必要がなくなったら抜くことが出来ます。
抜けば穴は自然にすぐ塞がり、小さな穴の痕が残るだけです」

上記説明を聞いた御家族は、いつか胃瘻が抜け、
口から食べられるようになる患者さんを想像することでしょう。

胃瘻が不要となり、抜去出来る方の割合は、こちらを参考に
させて頂きました。出所は厚生省なので最も現実を反映して
いるものと思われます。

www.mnhrl-blog.com

その年の造設率と抜去率で計算しても厳密な数字には
なりませんが、年によって著しく変わることはない
ですので参考にはなります。計算するとだいたい
3.7%ということになります。どのような患者さんを
対照に胃瘻を造るかでデータは変わります。直前まで
元気だった方に限って胃瘻を造れば、あるいは本当は
いらなかった患者さんにまで胃瘻を造ればもっと数字
は良くなります。中には全体の24%が抜去可能だった
という、現実を全く反映していなさそうなデータもあり
ますが、ここまで行くと出来る子ばかりを入塾させて
受験合格率を上げている予備校みたいなもの
です。
ですが、責めている訳ではありません。それが胃瘻
を造設する病院の本来の姿かもしれません。

しかし、逆にもともと寝たきりに近く、かろうじて食事が
摂れていた方が肺炎で入院し、食べられなくなった、等と
いう方では、全体の平均である3.7%より低くなることは
想像に難くありません。

もちろん、胃瘻は抜けなくても「少しは食べられるように
なる」方
はいらっしゃいます。味を楽しむ程度食べて、
足りない分は胃瘻。これが胃瘻の理想のかたちかもしれ
ません。こちらをご覧下さい。少し古いですが2000年に
行われた名古屋大学とその関連病院の417名を対象とした
調査です。

胃瘻PEGの論文:経皮内視鏡的胃瘻造設術術後,経管栄養を離脱し得た症例に対しての検討

こちらでは、胃瘻が不要となり抜去した患者さんが5.8%、
胃瘻は入ったままでも経口摂取が可能になった患者さんが
9.5%であった
ということです。但し、胃瘻を抜いた方の
26%が再度留置になっています(観察期間は全体で約7年)。
ちなみにこの数字、訪問診療8年目の私の感覚ではやや
良過ぎるデータです。

ざっくりですが、100人の方が胃瘻をして抜去可能は4~5人。
その4~5人のうち1人は数年以内に再留置。10人は胃瘻は
抜けないものの、いくらかは経口摂取が出来るようになった。
しかし、逆に言えば100人のうち85人は恐らく一生食事が
出来ないまま
、という事になります。

モルヒネを13年間飲み続けた患者さん

またもやTwitterからの話題になりますが、こんなニュース
を見掛けました。毎日新聞の医療プレミアから、
『緩和ケアの誤解 医療用麻薬は怖くない!』。少し前の
記事でした。

https://mainichi.jp/premier/health/articles/20151202/med/00m/010/016000c

私が大学を辞めてホスピスのある一般病院で働き始めた時、
1日1000mgという大量のモルヒネを飲み続けている患者さん
に出会いました。例えばMSコンチンという薬の一般的な
初期量が1回10mgを1日2回ですので、相当な量です。
実はこの患者さんはがんの患者さんではありませんでした。
帯状疱疹後の神経痛の患者さんです。普段は他の医師に
かかっていましたが、その先生がお休みの日や待ち時間が
長くて辛い時は私のところにいらっしゃいました。

私が初めに担当した時で既に11年、私が都立病院の研修に
出る約2年半の間時々担当させて頂きました。これだけ
たくさんのモルヒネを飲んでいても、副作用と言えるのは
便秘のみ、さすがに最後の方では物忘れが出ていましたが
90歳近い方でしたので、モルヒネが関係あるかどうかは
何とも言えません(違うと思います)。

13年以上内服されていた事までは確認出来ていますが、
私が帰って来た時は見掛けませんでした。その後どう
されたか、当時は紙カルテでしたし、私も確認して
いません。

私がこの患者さんに教えて頂いたのは、モルヒネは使い方
が正しければ安全だ
、ということそして帯状疱疹後の
神経痛の痛みは時としてとても難治となる、という事
でした(この患者さんは他にもリボトリールやトリプタ
ノールを内服していました。当時はリリカやガバペンチン
はありませんでした)。

私は今でも、医療用麻薬が使いたくないという患者さん
にはこの方の話をさせて頂きます。もちろん、流石に
13年間ではないですが、年単位の内服をされていた
方なら他にも何人もおられます。

私は医療用麻薬を完全に安全です、と言い切ってしまうのは
抵抗があります。特に全身状態の悪い患者さんではせん妄
の原因にもなりますし、眠気も場合によっては食事の機会
を減らしたり廃用の一因になるかもしれません。吐き気も
時々患者さんを弱らせてしまう場合があります。
厳密な意味で依存は絶対にないとも言えません。
(今確立された方法では滅多に依存が問題になる事は
なく、臨床的にはデパスよりも問題にならないと思いますが)。

以前ブログで書きましたが、医療用麻薬はたちまち痛み
を消し去り副作用のない魔法の薬ではありません

しかし普通は明らかにデメリットよりもメリットが多く、
多くの患者さんが思っておられるよりはずっと安全だとは
思います。ロキソニンのような痛み止めの方が、長く飲む
場合にはずっと危険だ
とも思いますし、二度と止められない
というのも誤解です
(結果的に一生必要である可能性は
高いですが、必要なくなって止めた方もいらっしゃいます)。

患者さんの大きな悩みの一つである強い痛みがかなり
軽減することも少なくありません。医療用麻薬の副作用
を軽視することも、過度に恐れることも賢明ではありません。
薬をうまく使い、良い時間を過ごせる方が増えて欲しいです。

医師ならばその治療を受けるのか

救急ドラマの患者さんは殆ど元気になりますが、
現実とのギャップがあり過ぎです。
心肺蘇生を受けた患者さんで一ヶ月後に生きていたのは8%、
社会復帰したのは3%
。これでも多いと感じるのが医療者の
感覚です。メディアで奇跡ばかりをとりあげれば、それは
医療に幻想を抱いても無理はありません。

これは3年前に私がTwitterでつぶやいたものですが、
1000人以上の方々にリツイートして頂きましたので
興味を持って下さった方が多くおられたのだと思いました。
実はこれは2012年のウォール・ストリート・ジャーナル
の記事から引用した数字です。

jp.wsj.com

この記事のタイトルは、『終末医療―医師と一般人はなぜ
選択が異なるのか』というもので、「医療者と一般の方の
医療行為への認識の違い」の一例として挙げられたもの
です。医療者は日々の診療の中で、医学・医療の限界を
知っています。しかし、一般の方々はメディア等の限られた
情報の中からでしか、それを知り得ません。病院や施設で
亡くなる患者さんが多い中で、人が衰弱し、死にゆく過程も
良く知らないという人も多いのではないかと思います。

この記事は、次のようにも述べています。

言いたくはないことではあるが、医者も死ぬ。ここでの
彼らの特徴は、大半のアメリカ人より、いかに多くの
治療を受けているかではなく、いかに「少ないか」である

医者は、病気の進行について正確に理解しており、どんな
選択肢があるのかを知り、受けたいと思う治療はどんな
ものでもたいてい受けられる。しかし、どちらかといえば、
医者の最期は静かで穏やかだ。

同じような記事は他にもあります。『How doctors want to die
is different than most people』というCNNニュースの記事
です。こちらは和訳されていませんがブラウザの和訳機能でも
意味は十分分かると思います。私がざっと検索しただけでも
同様の記事はいくつも見つかります。

edition.cnn.com

この記事で印象に残るのは、CPRを行う医師の、
「死にゆく人を殴っているように感じた」
という言葉。そして
「ごめんなさい、ごめんなさい、さようなら、と言いました。
何故なら私には(蘇生が)成功するとは思っていなかったから」
という言葉。

そして、

「スタンフォード大学の研究によると、終末期の病気に直面
した場合、医師の約90%が蘇生と積極的な治療を諦めること
が示されています。」

と、あります。

少し話は変わりますが日本の医師は、自分自身が延命治療を
受けることに関してはどのように考えている
でしょうか。
2012年、CareNetというサイトの医師会員1000人にアンケート
した結果がここに紹介されています。

news.mynavi.jp

こちらによると、70%の医師が延命治療を受けたくないと
回答
しました。では30%は希望しているのかと言うと、
「家族に任せる」「主治医に任せる」「分からない」等の
回答が多く「決められない」という考えに思えました。
これに対して積極的な治療を希望するのは1.4%だったと
いうことです。

一応断りしておきますが、延命治療の一環として心肺蘇生
を行うことはあっても、本来心肺蘇生は健康な方が急に
心肺停止になった時に行われる治療です。上記のように確率
は低いながらも、社会復帰する方もおられるので、同列に
扱うべきではないかもしれません

ただ、心肺蘇生を行い一か月後に生存していた方が8%という
数字の裏には、「一旦蘇生はしたがすぐ亡くなってしまった」
方が一定数おり、その人たちは結果的には「2回亡くなった」、
もしかしたらとても苦しい想いをしたのではないか、とも
想像出来ます
。また、社会復帰出来なかった方の中には、
二度と言葉を発することもなくベッドに横たわるだけの人生
である人も含まれるのです。ですので、医療者の中には
たとえ低確率で助かる見込みがあっても、心肺蘇生自体を
受けたくない、という意見があるのも当然だと思います。

Twittweでも繰り返し言っていますが、私の願いは延命治療を
なくすことではなく、誰もが医療者のように正しく医療の
可能性と限界を知り、自らの意思で治療を受けたり受け
なかったりが選択出来ることです。

そして自身が判断が出来なくなった時のために、
事前に情報を集め意思を表明しておく事の大切さ
を一人でも
多くの方に伝えたいと思っています。