Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

分子栄養学、その後

昨年11月のブログで、私の分子栄養学、
『オーソモレキュラー』などと呼ばれる分野について
思うところを書かせて頂きました。
何、それ?という方はお手数ですがこの記事をお読みください。

kotaro-kanwa.hateblo.jp

新しい栄養学に対して期待をすると共に、
やや医療批判・宗教的になりやすい性格を持っている
という自覚を持って学びたいという気持ちを書いています。
この姿勢は今もあまり変わっていないつもりです。

しかし、私は学びや経験の中で確かに月経のある女性や成長期
の子供たちの精神症状、例えばうつやパニック発作発達障害
の「少なくとも一部」には、たんぱく質や鉄・ビタミンB群など
を摂取して頂くことにメリットがあることは、ほぼ疑いは
ありません
。もちろん、私の経験も二重盲検ではないので、
強力なプラシーボが働いたとか、たまたまお子さんの成長などほかの
因子が重なったということもあり得るでしょう。
ただ、月数百円から高くて数千円で、治療と並行して行う
ことの出来る方法ですから、失うものは決して多くはなく
試してみる価値はあると私は思っています。

最近では、高齢者の認知症やBPSDに栄養学的なアプローチが
出来ないか、ということにも興味があります。もちろん栄養学
認知症が治るとまでは思っていません。
ただ、アルツハイマー認知症の発症に高血糖が関与している
ことはほぼ疑う人はいないと思いますし、
ココナッツオイルが症状改善に有効などと盛んに言われています。
成書でもtreatable dementiaの中でビタミン欠乏症が挙げられています。
特定の栄養の欠損・過多が認知機能や周辺症状に関係があるかも
しれない、と考えるのは、それ程荒唐無稽なことでしょうか

それこそ全くエビデンスのない分野ではありますが、鹿児島で
開業をされている、ひらやま脳神経外科の平山先生や、
長久手南クリニックの岩田先生は既に認知症治療に栄養学的な
アプローチを加えておられます。お二人のブログは、

www.ninchi-shou.com

plaza.rakuten.co.jp

奇しくも、お二人ともコウノメソッドの実践医で脳外科
という共通点をお持ちです。

他にも、高齢者の様々な症状に亜鉛欠乏が関与していると
報告している倉澤先生のサイトがあります。

www.ryu-kurasawa.com

というわけで、私も新しい栄養学の学びを続けていきたい
と考えています。

男の介護と虐待

過去にこちらのブログで、『迫りくる「息子介護」の時代』
という本の紹介をさせて頂いたことがあります。

迫りくる「息子介護」の時代 28人の現場から (光文社新書)

迫りくる「息子介護」の時代 28人の現場から (光文社新書)

kotaro-kanwa.hateblo.jp

上記のブログでも書きましたが、介護者による虐待の4割が息子さん
と言われています。絶対数が相当少ないであろう息子さんが4割
を占めているのです。家事が苦手な男性は慣れない家事は大変
で、ストレスが多いことでしょう。お酒に走り、つい暴力、という
ことも実際あります。

しかし、それほど単純なことばかりではないと思います。先日
御紹介した、『母親に死んで欲しい』では、男性の陥りやすい
傾向として御自身がこれまで取り組んで来た仕事のやり方で
介護をしようとすること、が挙げられていました。会社では、
「頑張れば頑張るほど」目標に近づき、業績や評価など目に
見えるかたちで成果が出やすい。しかし、介護は違います。
やってもやっても目に見える成果が出ず、残酷なことに状況は
次第に悪化することが多く、行き詰まりを感じやすいと言います。

「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白

「母親に、死んで欲しい」: 介護殺人・当事者たちの告白

本日、新たに御紹介したいのはこの本です。

著者は科学技術を専門として活躍するフリーライターの松浦
さんです。独身・50代の松浦さん。母親がどのように認知症
発症し、どのように考えて同居・介護生活を始めたのか、
母親の症状がどう変化していったのか。ライターの目で
描かれた介護生活は、不慣れな介護をしている、始めようと
している同世代の男性にはきっと、非常に参考になります。
もちろん男性の介護記録も増えては来ましたが、なんと言っても
知的で冷静で客観的。さすがはライターです。

じわじわと追い詰められ、そして介護の果てに、ついに手を出して
しまった。松浦さんのような人でも暴力を起こしてしまうのか…と
思いますが、その暴力をふるってしまった経緯、心理も思ったよりも
冷静であり、感情的になったというよりも、むしろ感情が死んで
しまったかのような描写がとても印象的
でした。

私の訪問診療の経験では虐待・暴力が問題となったケースは
ありませんので、他の方々がどのような気持ちで虐待をして
しまうのか、決定的なことは言えません。ただ、見ていて
「俺が何とかする」という気持ちで開始された介護では、長く
続かないか、心身の疲労でかなり参ってしまうようです。理想の
介護と現実の違いに愕然とするのかもしれません。また、そのような
場合にも助けを求める(誰かに任せる)ことが女性と比べると
確かに苦手で孤立しやすくなる傾向はあると思います。そんな中で
話してもすぐ忘れたり、感謝の言葉もなく日々詰られるような
生活が続くと暴力・虐待に繋がってしまうのでしょう。

未婚・晩婚と長寿などの影響で男性の介護は今後嫌でも増えます。
先人の経験やアドバイスはきっと役に立ち、支えられるのでは
ないでしょうか。

看取りを支える

長尾和宏先生のブログ記事を紹介させて頂きます。

blog.drnagao.com

とても大切な内容を取り上げて下さったと思います。
介護施設における看取りの現場で、「体温が上がりました」
「血圧が下がりました」、「酸素の数字が下がりました」と
時間を問わず連絡して来ることに触れ、看取りの在り方や
介護士の「教育」について問題提起をされています。

この問題に関して言えば、簡単な解決策は電話を掛けて欲しい
バイタル具体的に伝えておけば良いと思います。
「体温38.5℃以上なら電話して」とか、「酸素が92以下なら
連絡下さい」とか。確かにバイタルが全てではありませんが、
それ以上を看取りの経験がない介護士に一様に要求するのは酷
です。あるいは、施設の介護士さんからの連絡は当直専門の医師
や看護師がまずファーストコールを受ける体制を作ることです。
私もそうですが、自分で電話を全て受けることにしておいて、
電話が多いと嘆くのはちょっと違うと思います。

ただ、少し視野を広げ、これからの看取りについて考えるので
あれば、職員の教育は必須です。介護に資格・キャリアがある
ように、看取りにも学びや経験が必要なのは言うまでもあり
ません。今の若い人は、看取りの経験などない、死の過程を
看たことがないのが普通でしょう。夜一人で看る不安は容易
に想像出来ます。何の準備もなく看取りをしようとするのは
あまりに無責任です。看取りを多く行っている施設や、ホス
ピス等で研修をお願いする等色々な方法があるはずです。

また、施設・医師・家族の信頼関係も重要です。医師が、
「何故報告しなかった」、ご家族が後で「何故医師に連絡
しなかったのか」となれば多くはあまり意味のない報告を
逐一しざるを得なくなり、結果職員も医師も疲弊して
「看取りは無理」ということになるでしょう
。看取りが前提
の状況であればどんなに細かく報告をしても、予後や寿命を
著しく良くすることは出来ないわけですから、極端を言えば
御本人が苦しんでいなければ連絡など不要なわけです。
そう考えればICUのように頻繁に熱を測ることなど無意味
ですし、要は信頼関係ということになると思います。

理想を言えば、看取りは積極的に看取る意思がある人間が担当
した方が良いと思います。希望していない介護職員も非常に
多く、精神的な苦痛だけが強くなります。経営者は高い介護
点数に惹かれるかもしれませんが、ホスピスを望んで勤務した
医師・看護師ですら、「燃え尽き」があることを忘れないで
頂きたい
と思います。

とは言え、少子多死社会では介護に携わる方が看取りをしない
という訳にはいかないでしょう。であれば、携わるスタッフを
中心にやはりきちんとしたシステム作りや医療機関・家族との信頼関係、
サポート体制を築いていくことが大切だと思うのです。