Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

フェントスのeラーニングを終えて

フェントステープは医療用麻薬、フェンタニルのパッチ
製剤です。フェンタニルパッチにはほかにデュロテップ
MTパッチ(ワンデュロ)がありますが、個人的に使い
慣れているフェントスでeラーニングを受けました。

eラーニングのeはelectronicの頭文字ですが、ある種の
薬剤は医師がインターネットで講習を受けなければ処方
出来ない仕組みを作っています。フェントスを癌性疼痛
に使用する分にはeラーニングはいらないのですが、
『慢性疼痛』に使用するにはこの講習を受け登録する
必要があります。

内容はそう多くはありません。テストも車の運転免許
の時に受けた筆記試験を思わせるような、「日本語
の引っかけテスト
」のような内容です。それが永遠続き、
全部終わったとに採点があり、間違えると最初から
やり直しなので、集中力のテストとも言えるかもしれません…。

さて、本題に入ります。eラーニングで学んだことと、
考えたことを2~3述べてみたいと思います。専門的な
内容になりますので多くの方には面白くないかもしれ
ません。ご了承下さい。

学びの中で強調されていたことは、ひとつはオピオイド
が有効な痛みなのか?というアセスメントの重要性
でした。確かにこれはとても大切なことで、他が効かない
から、(自動的に)じゃあオピオイドね、では困るという
ことです。既に現在、整形領域などで、『リ〇カ』や
『ト〇ムセット』が安易に処方され、しかも漫然と
使われている現実
があります。最近はサ〇ンバルタも同様です。
これらは特に高齢者で傾眠→転倒や認知症様症状などを起こします。

同様に癌性疼痛においても、癌だからと自動的にオピオイド
になっているケース
をしばしば見受けます。しかも効果が
あったかどうかの評価もやっているのかすら曖昧です。これらが
eラーニングだけ解決するとは思いませんが、多少なりとも痛みの
アセスメントと使用後の評価の重要性を考えて頂きたいということ
なのでしょう。

次に、フェンタニルのパッチは思わぬ呼吸抑制が生じること
があり、『他のオピオイドからの切り替え』が必須です。
しかし、どのオピオイドから、どれくらい使用してから
変更するかが添付文書等には書かれていませんでした。
eラーニングでは、トラマドールからの変更は安全性が
確立されていないこと
、先行オピオイドを1週間継続して
から切り替える等、具体的な導入法が明記されていました。
これは良いことですが癌性疼痛ではMSコンチン、オキシ
コンチン等は使えませんから、書かれている通りにしようと
すると塩酸モルヒネ錠かコデインを使用しなければいけない
ということになります。現実問題としてこれはとても使いにくい。
結局「エビデンスがない」トラマドールからの切り替えを判断
しざるを得ないことになるケースが多いのではないかと思います。

そしてもうひとつ、オピオイドの依存について、かなり
具体的に細かい注意がありました。かつて日本はオピオイド
後進国等と言われましたが、『合理的に』オピオイド
使いまくったアメリカなどは依存の問題が深刻になって
います。

かつて、緩和医療のテキストには「痛みが存在する限り
オピオイドの依存は起こらない
」等と堂々と書かれて
いました。今でもこうのような説明が随所で見られます。
しかし、緩和ケア領域では依存が形成されにくいとしながら
慢性疼痛では最大限注意しなければならないというのは、
ダブルスタンダード以外の何ものでもなく、それが意味する
こと
を含め使用する側は自覚する必要があるのではないかと
思いました。

実は慢性疼痛の治療ではレスキューが推奨されておらず、
オプソ・オキノームも慢性疼痛に対して適応を
取得していません。曰く、急激に血中濃度が上がり、
依存を形成させやすいから
、だそうです。
依存形成と言うと『ソ〇ゴン』(ペンタゾシン)が
悪者にされていましたが、ベースなし、屯用・筋注を
繰り返すという恐ろしく間違った使い方による結果
かも
しれないわけですね。

心肺停止で救急車を呼び警察沙汰になった話

訪問診療で看取りを前提にしている場合、もし患者さんが
呼吸をしていないと分かった場合は訪問医(私)にまず
連絡をするように、と伝えています。搬送になると運ばれた先
の病院では診断書が書けないという理由で、警察が呼ばれる
のが普通です。呼ばれたからには警察は事件性の有無を確認
しなければならず、多くは御家族が容疑を掛けられているかの
ような質問責めにあい、御遺体も服を脱がせられ写真を撮られる
ことになります。場合によっては、なんと警察が自宅まで来て
介護をしていた環境を確認する
とかで自宅の写真まで撮ります。
患者さんが亡くなったことで非常に悲しい想いをしている
ところに、警察の介入はとても堪えると思います。

警察の方と話したことがありますが、これはやはり捜査であり
形式だけ、という訳にもいかないようです。御家族が患者さん
を殺害する、ということは稀ですが、虐待などは時々遭遇する
らしく、手を抜けない仕事のようです。

私の受け持ちのこの患者さんでも、とても衰弱はされて
いましたがまだまだ生きていて欲しいという御家族が、
急な呼吸停止の患者さんを思わず救急車で病院に運ばれた
ことがありました。御家族は蘇生を希望されていましたが、
搬送後の処置で回復することはなく、そのまま亡くなって
しまいました。

私は搬送後に連絡を受け、急いで病院に情報提供書を書き、
自分が訪問診療を行っており、蘇生困難の場合は死亡診断書を
お書きしますと伝えましたが、私が病院に着くと既に担当医
は警察に連絡しており、あとのことは警察と話して下さいと
だけ言われました

このケースでは、御家族が救急車を呼ばなければ私が訪問し
死亡確認を行い、問題なく診断書を書いていました。外傷の
有無などはもちろんのこと確認しますが、少しずつ経口摂取
困難が進み、全介助で言葉を発することも出来ない方であり、
いつ何が起こっても不思議ではない状況、つまり明らかな
老衰の過程でした。私が在宅で死亡診断書を書いた多くの方
と同様に、私が診断書を書くことで何も問題はなかったはず
です。

しかし、何故心肺停止で救急車を呼ぶと亡くなったあと
自動的に警察に連絡が入り、捜査を受けなければならない
のでしょう。何故訪問医が診断書を書くと言っているのに、
警察が必要になるのでしょう。咄嗟のことで、ましてまだ生きて
いて欲しいという家族の願い…それは確かに医療者からすれば
現実的な願いではないかもしれませんが…家族には自然な気持ち。
それだけで警察が介入することの合理的な理由が私にはどうしても
理解出来ませんでした。

この話には続きがあり、警察の「捜査」、具体的には自宅
を調べさせて欲しい、という申し出に、家族は強く反対
され、一時間以上、警察との話し合いが続きました。
私も非常に熱心に診ておられるご家族だったので、
捜査は法律に基づく強制的なものですか、と尋ねましたが、
明確な返答はありませんでした。結局最終的に呼ばれた警察官
が御遺体を確認し、診断書を書いて良い、ということになりました。
…つまり、捜査は任意であり、必須ではなかったのです

慣例的に(何かあると面倒だかから)病院の医師はかかりつけ
医ではなく警察を呼び、警察も(何かあると面倒だから)
ルーチンに行う捜査を一通り行う。御遺体は警察に運ばれ、
監察医が外傷等の有無を確認する。訪問医に診断書の許可が
出るのは通常その後でです。警察からすれば「これだけ
すれば(私たちは)安心」と思えるのだと思いますが、「そういうものだから」というだけでは
御家族には納得出来ない仕打ちでしょう。

かかりつけ医が明らかに老衰の過程と考えているのに警察が
取り調べを行わなければいけないなら、本来在宅看取りは
全例必要になるのではないでしょうか。救急車と事件性が
疑われることは関係があるのでしょうか。病院の医師は、
特に事件性を疑った訳ではなかったようです。少なくとも
病院の医師とかかりつけ医が事件性はないと考えるなら
警察への連絡は省略出来ないのか、何のための訪問医・
かかりつけ医なのか。色々なことを考えた経験でした。

自費診療は悪か?

皆さんは自費診療のクリニックを受診されたことは
ありますか?我が国は皆保険という制度をとっており、
保険診療によって自己負担額は1~3割となっており、
残りは公費で賄われています。医療はサービス業と
言われることがあります。確かにサービス業的なところ
はありますが、決定的に違うのはこの「公費」を有効
かつ公平に使う努力が医療者に求められていること、
保険医には守るべきルールがあるということです。
また患者さんの希望だからと言って患者さんに不利益な
検査や治療を言われるがままに行うわけにもいきません。

保険が利かない治療があります。多くは、保険が利かない
なりの理由があり、美容などに関するものや、
代替療法などエビデンスのないものもこれに含まれます。
保険が利かないということは基本的に高額になりますので、
「金儲けをしている」と言う人がいます。確かにそういった
クリニックも往々にしてあります。ただ、保険医療機関
保険からの支払いがあります。

例えば、後期高齢者の患者さんが内科のクリニックを
受診し1000円を払ったとします。同じ治療を自費で
10000円でやっているクリニックがあったとします。
クリニックの収入は10000円で変わりがないはずです。
もちろん保険が利く治療をわざわざ自費でやる人はいない
でしょうから、これは譬えですが、自費診療の問題は値段
よりも患者さんに正しい医療、安全な医療かどうかが分かり
にくいことだと思います。

実は私の父は歯科医ですが、長年自費で歯科治療を行って
来ました。もちろん、1回当たりの診療費は割高ですが、
父は歯科では満足のいく治療をするためには自費しかない
と考えており、その分丁寧に、自分の治療に不具合があれば
無料で、休日でも診ていました。当時もそうですが、今は
もっと歯科は保険の範囲では満足な医療が提供出来なくなって
いると思います。

父は非常に時間をかけ丁寧に説明をしていましたし、
「10倍以上価値のある治療を行っている」という職人
のような自負がありました
。保険というと患者さんを守る
ものであるイメージですが、保険を度外視し、高額だけれども
安全・良質で責任を持った治療が出来る、ということも実は
あるのです。私たちは、医療は安いのが当たり前になっています。
しかし他のこと、たとえばトイレの故障でも8000円くらい支払って
いるのです。人間の身体はトイレ以下ですか?
父のように、自費でも親身に丁寧に診療してくれる歯科
があれば私は是非かかりたいと心から思っています。

8月に、大津秀一先生が早期緩和ケアを専門とするクリニック
を恐らく日本で初めてオープンされました。大津先生も、
保険で十分カバーし切れない分野で、ビデオ通話を用いた遠隔
診療を組み合わせ、全国の苦しんでいる患者さんに対応
出来るよう工夫をされています。自費ということを考えても
余りある、価値ある医療を提供されていると私は思います。

※大津先生の想いは、ホームページの費用→『予約料について』
というところに書かれています。

kanwa.tokyo