Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

言えない医者、聞けない患者

Aさんは、あるかなり進行したがんの患者さんです。
一時期抗癌剤が効いて安定した時間を過ごせていましたが
治療に効果がなくなり、そんな中がんが原因と考えられる
腸閉塞で入院となりました。運よくイレウス管が抜けて
退院出来ましたが、腹水は溜まり食事は流動食に近いもの。
トイレも行けず自宅ではポータブルトイレを使用することに
なりました

全身状態は不良でPerformance Statusは3。しかし病院は
新たな抗癌剤を提案しました。理由は、「本人が希望する
から」
。しかし全身状態を鑑み、抗がん剤は通常の半分の
量となったようです。「私、体調良いのよ。治療でがんを
治すの!」とAさんは笑顔で答えます
。しかし、抗癌剤
点滴は毎週で、在宅チームは通院は非現実的ということで
意見は一致。ステロイドが大量に処方されています。
だからきっと、今は調子が良いのでしょう。

私達は抗癌剤の限界を知っています。恐らくAさんがもっと
元気で、通常量の治療が出来たとしても
、3~4か月
生存期間が延長する程度でしょう。そのために、辛い通院
と、恐らく脱毛や味覚障害、末梢神経障害、血球減少等の
副作用が伴うことでしょう。Aさんの「希望を奪わないよう、
治療を続けること」
は良いことなのでしょうか。かわいそう
なのは、シビアな現実を伝えることでしょうか?告げずに
抗癌剤を続けることでしょうか。

Aさんは以前はもっと病状を受け止め、ホスピスも含め
御自分の生き方を考えることが出来ていました。無理な
抗癌剤治療にはこだわらないとお話されていました。
しかし、まるで催眠術にでもかかったように、今は治療
を続けることに固執され、その他のことに有意義な時間
を使う、等ということは考えられないようでした。
病状が理解力を奪ってしまったのかもしれませんし、
以前よりもずっと死が身近に迫り向き合うことが困難に
なっているのかもしれません。ここで止めたら、ここまで
頑張って来た自分の努力を否定するような気持ち
もある
のかもしれません。

抗癌剤を続けることはAさんの希望だから、続けること
が良いという意見もあると思います。しかし、Aさんは
恐らく病状や予測される予後を正確には告げられておらず、
抗癌剤の効果の限界もお聞きになっていないと思います。
間違った前提のうえに立った意思は、本当にAさんの意思
なのでしょうか
。半分に減らした抗癌剤では、恐らくは
通常量の抗癌剤よりも効果は薄くいと思います。
病院の医師はAさんの気持ちを「察し」、細かい病状説明
や期待出来る効果を告げず、Aさんは複雑な心理状態で、
恐らく主治医にこれらの質問をしないで抗癌剤を続けること
でしょう。

この、病院の医師とAさんのような関係は、恐らく我が国
の至るところで日常的にある光景だと思います

若い頃はこのような患者さんの心理状態をあまり理解出来ず、
真実を告げることが正義だと思い込んでいました
しかし、Aさんは知りたがっているのでしょうか。
今、私はAさんにシビアな現状を伝えることだけが
ベストであると言い切ることが出来ません。
Aさんにとって何が正解で、Aさんが実際には何を望んで
いるのか。告げる私の自己満足にはなっていないか
Aさんに「受容」させるのはAさんのためなのか
絶対的な価値観などあるのだろうか。
しかし、私はまた知っています。抗癌剤が終わった時、
Aさんの希望もまた終わるだろうということを。
その時Aさんに、何かを考える力はあるのでしょうか

私に出来ることは、対話を続けることだけです。Aさんの
気持ちを探りながら、アンテナを延ばし、Aさんの気持ち
が私との話に、将来の話し合いに向いたその時に、
Aさんの望む話が出来るように。