Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

高齢者の誤嚥と訴訟を考える(1)

7月に埼玉県の特養に入所中の86歳の女性が食事中に誤嚥し亡くなり、
「母親が亡くなったのは施設の介護ミスが原因」として40代、50代
の息子さん二人が提訴したという記事が出ていました。

www.bengo4.com

この記事によると非常に短い時間で食事を詰め込んだ事が原因と
しています。また褥瘡を知りながら一か月以上放置されていた
と言い、事実なら確かに施設の介助が悪いのは間違いないと
思います。

しかし、この弁護士の言葉

「(息子さんは)介護の現場がいかに大変かということも理解して
いる。現場を変えたいという思いも持ってこの訴訟に臨んでいる」

という部分に関して、本気でそう考えているなら申し訳ないです
が浅はかとしか思えません
。これまでのこの手の訴訟を見れば
メリットがデメリットを上回ることはまずないでしょう。

諸事情から詳細は語られないのが常で、わずかな人を除いては
全ての顛末を知る事はないでしょう。結局「誤嚥」「訴訟」
「4000万」といった言葉が一人歩きするのことになり、余計な
「介護不信」が増し、施設は施設で嚥下障害のある高齢者は
「胃瘻がないと受けない」といった今ある流れが加速し、
「同意書」が増えるのが関の山です。一番の弊害は、このような
事件が表に出る度に、介護士の成り手は減るだろうということ
です。現実に介護士が集まらず閉鎖する特養も出ています。

www.nhk.or.jp

もしプラスがあるとすれば、今の介護を取り巻く問題を少しでも
多くの方が興味を持ち、知識を持ち、考えて貰えるようになる事

です。しかし残念ながら、これ程までに状況が悪化している介護
の問題は、「当事者」以外にはなかなか興味を持って貰えません。

介護の抱える諸問題の中で、嚥下機能に障害のある高齢者の問題
は非常に深刻です。人は老いれば衰弱し、衰弱すれば食事を摂る
のが難しくなって来ます。これは人がいつか死ぬことと同様に、
必然です。高齢者が増えているのですから、嚥下障害の高齢者の
数もは2025年に向けますます増えるのは明らかです。
丁寧に食事
介助をすれば1時間はかかる、という高齢者も多いのですが、
普通に考えて特養の職員だけでそれだけの時間を掛けるのが
不可能であることは明白ではないでしょうか。

食事に時間がかかる高齢者が増え、介護職員が減っているのは
事実なのですから、その中でどうすれば良いかを考える時期が
来ています。社会保障費の問題を知れば、特養の今の環境が
改善することはほぼないでしょう。そうであれば、私は良い
介護環境を維持するには家族の協力は不可欠だと思うのです。
例えば一部の家族が出来る限り食事介助に協力すれば、職員の
手が空き、家族のいない高齢者の食事介助に時間を掛けること
が出来ます。そうすれば今回のような事故も、ゼロにはならず
とも少なくすることが出来ると思います。ゴーマンかましますが、


「特養に介護を丸投げし、良い介護を期待するなど、甘い!」


のではないでしょうか。施設も出来る限り頑張るし、家族も
出来る限り協力する。これが当たり前にならないと介護の
将来はないと私は思っています。