Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

入院時に受ける急変の説明

病院に入院すると、家族が病状の説明を受けた時に、
「急変時の方針」を決めるよう求められる場合があります。
もちろん、この場で答えたことが今後も変更不可能ということ
ではありません。後に変更も可能です。しかし後述のように
いざ起こってしまってから「どうしよう」と考える時間は
恐らくありません。これを私たちは「DNARを確認する」等と
言います。DNARは「蘇生の可能性が低い場合に蘇生を差し
控えること」です。

入院中に具合が悪くなった場合、もちろん治療を
何もしません、ということではありません。
ただ、「心臓マッサージ」「挿管・人工呼吸器」
による治療は他の治療とは一線を引いて考える必要がある
と多くの医療者は考えています。再び息を吹き返したと
しても、望んだ状態であることは少なく、低酸素脳症
よる障害が残り、会話も食事も意思表示も出来なくなる
といった方が多いのです。特に一度開始した人工呼吸器
による治療を途中で中止することは殺人として扱われる
可能性があり、回復の見込みもないまま治療が続いていく
ことが往々にしてあります。医療者はそれを知っているので
尋ねるのです。「本当にそこまで治療しますか?」と。

知っておいて頂きたいのは、この質問をされたところで
本当に患者さんの容態がとても悪いとは限らない、と
いうことです。一見落ち着いている患者さんでも、
入院中に容態が変化することは疾患によっては十分考え
られますし、特にご高齢の方では稀なこととも言えません。
ですので、おそらく過去のご経験などから、入院の時に
ほぼ全員にルーチンに説明をするドクターもいるからです。
ですので、話が出たら「そんなに悪いのですか?」と率直
に聞いてみることをお勧めします。

「悪くなった時の話をする」ことが嫌な方が多いことは
知っています。もちろん、話す方も好きでしているわけでは
ありません。しかし、これを縁起でもないと省いてしまった
場合、結果的に苦しいだけの延命を避けることが出来ず、
蘇生を希望する場合も、躊躇わずすぐに治療を開始出来ないと
良い結果が得られにくくなることを考えれば事前確認の必要性も
理解出来るのではないでしょうか。

もちろん、考えたくなければ「考えられません、お任せ
します」と答えれば良いことです。しかし、本当にそれで
良いのですか?「私は特に高齢者が入院をする」という
ことは、それなりの覚悟が必要なことだと思っています。
親の老いをみつめ、有限の時間を想い感謝する時が
私たちの生活にはとても少ないと思います。ここで感謝と
決心が出来ないと私たちは無理な延命を親に強いることに
なるのではないかと私は考えています。