Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

『身体拘束』を本当に減らすために必要なこと

2018年1月11日放送のクローズアップ現代で、『身体拘束』の特集
がありました。見逃してしまった方は、サイトで内容を閲覧する
ことが出来ます。

www.nhk.or.jp

拘束の存在もあまり知らない一般の方々への問題提起という
意味では大変意義のある内容でしたが、日本一身体拘束を
減らすことに成功した都立松沢病院を取り上げ、「医療者の意識
改革と努力で身体拘束をなくすことが出来る」的なよくある結論で
終わってしまったのは残念でした。

考えてもみて下さい。「意識改革とノウハウ」「現場の努力」
は大切ですが、それだけで中小企業がPanasonicやSONYに
なれますか?全ての遊園地がディズニーランドになれるでしょうか?
何故、医療と介護は、医療者・介護者の努力でどうにでもなると
考えられてしまうのでしょう
?こうした「一般的な感覚」と、
「人権」と「安全」の狭間で神経を擦ろ減らし、心身の限界を
感じている医療スタッフ(介護も同じです)の理解のズレが解消
されない限り、現状を大きく変えることなど出来ないと私は
思っています。そういう意味で、クロ現の結論は短絡的で不十分
でした(番組としてはこれが限界なのでしょうが)。

「理解のズレ」と書きました。実際に、Twitterで番組の感想を
調べてみると、一般の方々の感想は、「家族が拘束されて
かわいそうだった」「拘束するのは三流の病院」「看護師が
楽をしている」等の反応が多いのです。
つまり、現場はこれ以上は無理だと言っているにもかかわらず、
身体拘束を減らすために現場を応援したいという気持ちが、
現場以外からは聞かれないのです。

身体拘束が非人道的だと言うなら、今の医療・介護スタッフ
が置かれている状況も十分に非人道的なのです。
患者さんを看て
いるのは間違いなく現場のスタッフですから、患者さんの環境を
改善するために介護者を助けるという発想が何故出ないのか疑問です。

自宅で、治療が理解出来ない認知症の患者さんに点滴を行い、
抜かないように脇でみていたことのある人なら分かると思いますが
本当にトイレに行く余裕もありません。まして病院では必要な治療が
理解出来ず管を抜いて血だらけになったり、酸素カニューラやマスク
を外してしまう方も少なくありません。経鼻チューブなんて、手が
動く認知症の患者さんに抜かれず入っていたら奇跡に近いと思います。
実際、番組の中でも60人の患者さんを二人で看ている病院が出て
来ました。徘徊や転倒、頭部を怪我した患者さんも紹介されてました。

身体拘束を減らす方向で考えることは私も大賛成です。しかし、
それを現場の努力のみに求めることは強く反対します。都立
松沢病院が身体拘束を減らせた背景には、病院が率先しスタッフ
を確保したり転倒などを事故として責任を追及することを極力
しないことにしています。また、入院する患者さんの家族には
身体拘束により生じるリスクについて説明し、理解を得ています
(同意書を書いてもらっているようです)。こういった背景を
明らかにせずに、「意識が変われば拘束は減らせます!」と言う
だけではいつまでも減らすことは出来ないでしょう。

身体拘束を減らす一番確実な方法は、身体拘束が必要な患者さん
をなるべく入院させないことです。また、身体拘束が必要な治療
をなるべく行わないことです。入院患者さんの「人権」「尊厳」
を大切に考えるのであれば、身体拘束を論じる前に、御本人が
必要性を理解出来ない苦しい入院を、治療をどこまで続けるのか、
という問題もまた同時に考えて行く必要があるのではないでしょうか