Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

痛み治療の先にあるもの

永寿総合病院で病棟・在宅の緩和ケア治療で活躍されている
廣橋猛先生の書かれた記事を御紹介します。

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/hirohashi/201711/553443.html

(前略)
切除不能な胃癌を患い、現在は化学療法中です。食べると胃が痛く
なるので、十分に食事が摂れません。この患者の痛みを取るべき
理由が分かりますでしょうか? 

そう、痛みを取るだけでは、この患者の満足は得られません。
痛みが取れて体が楽になり、結果的に食事が十分摂れるように
なることがゴールなのです。食事が摂れないということは
つらいことです。十分に摂れないと衰弱して、死が近付く不安
を抱くかもしれません。

私達、緩和ケアに携わる人間にとっては当たり前のことなのですが
緩和ケアのゴールは症状を和らげることではありません。痛みに
対して痛み止めを使うのが緩和ケア、という理解がまだまだ多い
のですが、実はその「背景にあるもの」が重要なのです。
もちろん痛みや苦痛を和らげることも同じく重要です。
痛みをバイタルサインの一つと考え、数字で評価することも良い
でしょう。しかし、それは手段であり目的ではありません。
苦痛の緩和は患者さんが自分らしく生きていくための手助けの
一つなのです。むしろその後に緩和ケア医・チームの真価が
問われることになるのだと思います。

皮肉なことに、痛みや苦痛が軽減してくると患者さんは余計に
『死と向き合う』ことを余儀なくさせられてしまうことが
あります。また今までそれどころではなかった経済的な問題が
悩みとして出てくるかもしれません。もちろん苦痛をとるな、
と言っている訳ではなく、次の問題が出てくる可能性を予測し
支援のためのアセスメントをそこでやめないことが重要だと
思います。

また、背景にあるものが苦痛を増強することもよく経験します。
痛みにだけ焦点をあて、痛み止めを使っていても十分な効果が
なかったことが、あることが切っ掛けで痛み止めの効き方が
全然変わって来るということはめずらしくありません。自宅
では痛みが軽減することはしばしば経験します
が、これは
痛みが精神的な影響を強く受けることの一つの例だと思います。

薬で改善する症状を取り除き、その後に残ったものは、
傷付いた患者さんの『物語』です。そのケアには私達が
慣れている『問題解決型』のアプローチでは役に立たない
ことが多く多くの時間を要します。そのうえうまくいく
とも限らず残念ながら多くの医師が自分の仕事ではないと
考え興味を持ちません。しかし、本当は患者さんにとって
大切なものがこの『物語』の中にたくさんあるのではないか
と思っています。

在宅でも病棟でも緩和ケアチームが成長し多くの身体的苦痛の
軽減に成功したのであれば是非、このエビデンスが通用しない
領域をチームで共有し、関われるようになって頂きたいと
願っています。