Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

『私の脳で起こったこと』

私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活

私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活

本の存在は知っており、以前から読みたいと思いながら
読んでいなかった本でしたがある事が切っ掛けで購入を
決心しました。昨晩から読み始め、いっきに読み終えて
しまいました。一言では言えませんが、すごい本です。
本当に買って良かったと思いました。

本著は、大部分が若くしてレビー小体病になってしまった
樋口さんの日記です。最後に、レビーフォーラムでお話に
なった内容も書かれています。日記は、もちろん病気について
書かれたものだけを抜粋したのだと思いますが、幻視や
将来自分が何も分からなくなることへの恐怖と、寂しさに
満ちています。

レビー小体病は高齢発症の方が多い病気なので、なかなか患者
さん御本人からその体験や感じたことを言葉にして受け取る
ことは少ないと思います。若い樋口さんですら、強い倦怠感や
思考が鈍る体験をし、考えて発信することがとても難しい
ということが伝わって来ます。御本人の立場で、例えば簡単な
計算が出来ないこと、道端で矢印を見ても意味が分からない
こと、知っているはずの言葉が見知らぬ単語に聞こえる戸惑い、
リアルな幻視の内容などを知る機会はあまりないのではないで
しょうか。

特に幻視は、体験そのものが恐怖であると同時に、疾患が悪く
なっていく、自分が正常ではなくなっていく象徴として何度も
語られ、とても印象深いです。ただそこに「見えているだけ」
の虫に、どれだけ患者さんが苦しみ、絶望的な想いをされて
いるのか
正直私は全然分かっていなかったと思いました。

そして疾患そのものに加え、周囲や医療者の無理解や心無い
言葉に傷つけられている苦しみについても語られます。
『認知症なのに話せるんですか?』というような言葉を何度も
聞いたそうです。『認知症』と診断され、レッテルを貼られる
ことで急に人格のない迷惑を掛ける存在とされてしまう悲しみ
を、樋口さんは語ります。少し前に読んだ、『ニルスの国の
認知症ケア』では、スウェーデンの介護者が認知症の患者さん
を『出来ることが少なくなった普通の人』という感じでケア
していたことを思い出しました。我が国で良く聞かれる
『ニンチ』は、自分とは全く異質の迷惑な存在、という響きが
あり、対照的だと思います。

最後に次第に悪くなると言われているレビー小体病にも
かかわらず、樋口さんの病状はむしろ良くなっていると
すら言えそうです。本の中で仲間と気持ちが繋がった体験、
おしゃべりや旅行などが薬よりもずっと身体に良い影響が
出るという体験を語っておられました。また、最後の方で
語られていた『覚悟して逃げない』ことも、個人的には
病状に大きく影響しているのではないかと思います。