Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

医師に出来てAIに決して出来ないこと

昨年から今年にかけて、AI(人工知能)に関する記事、特に
医療においても積極的にAIを活用していこうとする、あるいは
既にこんなことが研究されているという記事を目にするように
なりました。

AIの性能はまだまだ発展途上もいいところですが、たとえば
IBM Watsonが診断の難しい白血病の患者さんを正確に診断し、
治療のアドバイスまで行った
という話がありました。

japanese.engadget.com

このように特にがん治療の選択や生活習慣病の指導などは
数多くの論文に瞬時にアクセスしデータを引っ張ってくる
ことで人間を越える働きが期待出来る分野と考えられます。
他にも血管の位置を同定し採血をしたり、手術を行うロボット
も研究されています。医師にとって代わる事はまず無理だと
思いますが分野によっては大きな助けになり得ることは疑いの
余地がありません

少し前になりますが、人工無能「イライザ」というものが
ありました。利用者の打ち込む言葉を覚えて、ランダムで
言葉を繰り返したり関連する話題を並べるだけです。
イライザは精神カウンセリングの手法を取り入れ、 相手の
言葉を反復して質問することで会話を続ける対話プログラム
だったそうです。興味深いことに、イライザと会話した多くの
人々の心の中に、 イライザは自分を理解してくれた、と
いう幻想まで抱かせてしまった
そうです(!)。

こんなお粗末なプログラムでも、人間が癒される可能性が
あるのであれば現在の、相手の表情から感情を推測したり
色々な言葉の認識も可能になったAIであれば、いつか
カウンセリングで活躍するAIが生まれるのかもしれません。

しかし、AIに決して絶対に出来ないことがあります。
それは「共感」です。「共感したように反応」することは
出来るかもしれませんが、それはそう見えるだけです。
医師は人間だからこそ、患者さんの苦しみを慮ることが
出来、共に悩み、心を痛め苦しむことが出来るのです。
AIは病気になりません。老いもなく、衰弱し亡くなる家族も
いません。

もちろん、「共感」は人間であれば無条件に出来るもの
ではありませんが、出来る可能性はあります。
医療が人間の苦悩と切っても切り離せない関係である以上、
医療にとって「共感」は決して不要になることはない、
そして人間である医師にこそ求められることなのではないか
と私は思っています。