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Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

遠方に住む家族

医療者にとって、最も苦手な存在のひとつが、患者さんの
体調が悪くなった時に初めて現れる、「遠方に住む家族」
ではないでしょうか。普通我々は患者さんの近くで実質
患者さんを支えている中心人物をキーパーソンと呼びます。
体調が悪い患者さんに代わり書類を書いたり身の回りの世話
をする、時には治療の方針について決断を迫られる事も
あります。

ところが、遠方から(私達にしてみれば)突然現れた
親戚が容態の悪い患者さんに驚き、キーパーソンや
医療者を責める場合があります。「大事な母を任せて
おいたのに、一体何をやっているんだ!」という具合
です。おっしゃる内容・気持ちは理解は出来るのですが、
感情的になられている事も多く、既に静かな最期の時を、
と話し合っていたところが、「治療をしろ」「転院
させろ」と大騒ぎになる場合もあります。多くはもう
少し冷静ですが、明らかに不信そうに説明を求めて
来られるとこちらも正直やりにくさを感じます。
ちなみにここで言う家族とは患者さんの兄弟姉妹で
あったり、娘息子とその配偶者、時には甥や姪たちです。

医療者とキーパーソンは、多くの場合患者さんとの
関わりの「中で、何度も話し合い、悩みながら信頼関係を
築いて来た訳ですが、「遠方に住む家族」はその過程が
ありません。あくまでこれは私達の立場で、での意見に
なりますが、「それなら今ではなくもっと早く関わって
くれたら良かったのに」と思ってしまいますし、やはり
一生懸命関わってくれた事を知っているキーパーソンの
方を庇う立場に立ちたいのが人情
です。

しかし、医療者は「遠方の家族」の痛みも知るべきです。
遠くに住むから、忙しいから関わりたくでも関われなかった、
患者さんに対する申し訳ない気持ち・罪悪感。患者さんの
姿を見た時のショック、心の準備が出来ていないところで
多くを受け入れなければいけない辛さ。「今こそ、私が
患者さんのために頑張る時だ」と思われるのかもしれません。
医療者の私達も、十分に「遠方の家族」になる可能性が
あります。その時の気持ちを想像すれば、優しい気持ちで
向き合えるのではないでしょうか。

忙しいのは分かるのですが、このような場合に時間を割き
少なくとも一度は話し合いをするのは主治医の義務では
ないかと思います。誠実に対応しても分かって頂けない
ならともかく、その手間をかけずに 「遠方の家族」を
悪く言うのは違うのではないか、とも思います。

つくづく思うのは、患者さんが意思表明が出来ない場合、
家族というものは治療の方針でぶつかる事が
多いものだ
という事です。方針とは、主に命を伸ばすための
積極的な治療を行うか、寿命がある程度短くなっても
苦しまない方法を選ぶか、です。

傾向として身近で患者さんが苦しみつつ少しずつ弱って
いくのをみて来た御家族は安らかな時間を、遠くで様子
だけ聞いていた御家族は積極的な治療・延命を希望され
るようです。そして多くの場合「苦しめない治療」を決心
された御家族は「迷い」があり、積極的な治療を希望する
御家族は何故か迷いがない
ようで、あなたは「冷たい」と
キーパーソンを責めるケースが多いように思います

これは一度に多くを受け入れる必要がある「遠方の家族」
の立場によるのかもしれませんし、誰にも愛する家族には
生きていて欲しい、という強い想いがあり、しかし患者さん
の苦しみは実際に見てないと分からないからではないかと
私は思っています。

皆、患者さんを想う気持ちは同じ。ただ、愛し方には人
それぞれの方法がある。 御自分の感じたこと、考えたこと
が全てではありません。 当たり前のことですが、これを
大前提にしっかりと家族間で話し合いを持って頂きたいと
思います。