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Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

孤独と痛み

ホスピスで仕事をしている時に出会った患者さんの話です。
60代の女性、肺がんの腰椎転移で両下肢が麻痺してしまった
状態で、その患者さんは入院されて来ました。お気の毒です
が、それでも幸いなことは麻痺のために痛みの程度は強く
なく、少量の麻薬できちんと痛みが取れていました。

ところがある時を境に、腰の痛みはどんどん強くなりました。
「私は薬を増やすことに抵抗はありません。どんどん
増やして良いですから、この痛みをとって下さい」。
私はモルヒネを持続皮下注という方法に変え、レスキュー
を使いがらどんどん量を増やして行きました。もちろん、
補助薬と言われるモルヒネ以外の薬も使います。ロピオン、
ケタミン、三環系抗うつ薬に抗けいれん薬と当時使える
薬を一通り試しましたが全く効きません。

ある時カンファレンスで、「そういえば最近この患者さんの
お兄様が病院に来られない」事が明らかになりました。多忙
のため、あまり来院出来なくなっていた御家族に事情を説明
し、来院して頂くようお願いをしました。

お兄様に来院をお願いした事と、どちらが先だったか覚えて
いないのですが、この患者さんにセデーションの話をした
事がありました。実際には「深い持続的なセデーション」を
する程全身状態が悪い訳ではなかったのですが、最悪の場合
このような方法があるので最期まで苦しむことはないですよ、
という励ましの意味で私が患者さんに話したのです。

ところが、患者さんは勝手に自分で死ぬときが選べる、と
間違って解釈をしてしまったのです。そして勝手に心の中で
「死ぬ日」を決めてしまい、看護師に「先生と約束した」と
話すようになりました。私は正直、困ったなぁ…と思いました
が、幾分気が紛れているのか疼痛の訴えが減っていたので、
とにかく先にお兄様と会って頂くことが先だと思いました。

お兄様の来院は、思った以上の効果がありました。あれだけ
頻回に行っていた「レスキュー」が、面会の間は一度も希望
されなかったのです。痛みは嘘のように減りました。その後
も、「死ぬ日までのカウントダウン」は続いていましたが、
私の前では一度もその話題を出すことはなく、痛みが減った
今、私も「本気ではない」と思えるようになっていました。
案の定、「その日」になるとセデーションの話は出なくなり、
以降、一度もする事がありませんでした。

この方は随分昔の患者さんにも関わらず私が強烈に覚えている
くらいですから極端な例ではありますが、ここまでではなく
ても病院から在宅に戻るとレスキューの回数が減った等という
話は良くある事です。

死を意識した患者さんは想像を超える孤独感(spiritual pain
と呼んでも良いかもしれません)があり、これが身体的な痛みに
影響し症状を複雑にしているという部分は間違いなくあると
思うのです。薬で取れない痛みが誰かと一緒にいたり触れ合う
ことで軽減する。ホスピスで、マッサージ、「湿布」や「塗り薬」
を好む患者さんが多かったのも、実はこの「触れ合う」「さすって
もらう」という行為を求めておられたのではないか…と個人的には
思っています。