Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

『在宅がん医療総合診療料』の課題(2)

昨日の続きです。昨日の記事はこちら。

kotaro-kanwa.hateblo.jp

『在宅がん医療総合診療料』は在宅で療養されている末期がんの
患者さんに行われる在宅医療のひとつのかたちで、「医師と
看護師合わせて週4回以上」の訪問を条件にやや高額の医療費が
クリニックに支払われる制度です。詳しくは記事をご覧下さい。

この在宅がん医療総合診療料の何が問題になるか、ということ
ですが、大きく分けて2つあります。

1.頻回の訪問が必要ない段階の患者さんに、用件を満たす
目的で必要以上の訪問が行われる。

末期がんというと、一般的には余命半年以下と見込まれて
いる患者さんを指しますが、末期がんでも身体症状が殆ど
なく体調も落ち着いている方はめずらしくありません。この
時期、頻回の看護師や医師の訪問が実際には不要にもかかわらず、
不適切に在宅がん医療総合診療料を算定しているクリニック
が残念ながらあるようです。もし、初診時体調が落ち着いて
いるにも関わらず『在宅がん医療総合診療料』の説明をする
クリニックは要注意
です。

2.必要な時期に希望する訪問が受けられない可能性

逆に、余命が2~3週間程度の時期には体調が変化しやすく
頻回の訪問が必要になり、治療や緊急の往診も増えるのが普通です。
この時期に在宅がん医療総合診療料をとるなら理解出来ます。
しかし、逆にこの時期に臨時の往診や看護師の訪問が多く
なると、場合によってクリニックは在宅がん医療総合診療料
ではかえって損をしてしまう可能性が出て来ます。
すると場合によっては看護師の訪問回数を制限する場合
もあるのです。

ここの部分、意味がおわかりでしょうか。
在宅がん医療総合診療料では、看護師の訪問が増えても
クリニックの収入は(包括払いなので)変わらず、
クリニックから訪問看護ステーションに支払う金額は訪問の
回数に応じて増えるから
です。看護師さんは訪問回数を
十分に確保したくても出来ない、というケースは実際にあります。

とは言え、『在宅がん医療総合診療料』の制度自体が悪い
わけではありません。『在宅がん医療総合診療料』のような
「包括払い」では、現在非常に制限・厳しいルールの多い
保険診療の煩わしさから解放され、患者さんに必要な医療
を自由に提供しやすい
場合もあります。

要は、患者さんや家族が納得されてこの仕組みが利用されるなら、
患者さんのために利用されるなら良いのです。ただ、仕組みが
分かりにくいのを良いことに、そしてまた動く金額が多いために
不適切に利用されやすい制度、ということです。制度そのものが
悪ではなく、結局は提供する側のモラルの問題と言えると思います。

『在宅がん医療総合診療料』の課題(1)

6月22日の日本経済新聞で、山崎章郎先生が『在宅がん医療総合
診療料の課題』を取り上げられました。私も色々と問題が起こり
得る制度だと思っていましたが、どういう訳かこれまであまり
問題視されることがなかったように思います。

www.nikkei.com

残念ながら山崎先生の記事は登録が必要なうえに、あまり詳しく
書かれたものではありませんでした。ただ、これは訪問診療を
受ける患者さんは是非知っていた方が良い内容だと思いました
悪用されやすい制度です!)ので少し説明させて頂きます。

『在宅がん医療総合診療料』は、在宅で療養している通院困難な
末期がんの患者さんに対して算定されます。診察や検査、治療と
いった医療行為をいくら行っても患者さん負担が変わらない、
「包括払い」制
で、「医師と看護師が1週間のうち合わせて4回
以上訪問した」時に、1日辺り15000~20000円が医療機関
支払われます。患者さんの実際の負担はその1~3割ということ
になります。
これを行うのは殆どが支援診療所で、不安定な患者
さんに1週間何も処方がないということはないでしょうから、
1日18000円として計算すると患者さんひとりにつき1週間で
126000円、4週間で50万円以上がクリニックの売り上げになります

患者さんは自己負担上限額がありますので、1~2割負担では月19800円
が支払いの上限になります(但し3割負担ではかなり高額になり
得ます)。

ただ、敢えて「売上げ」と書きました。ここで様々な医療行為を
行えば、それらは全て包括されます。医師の訪問の料金はもち
ろん、訪問看護の料金も包括されます。上記の売り上げは全て
クリニックに支払われますが、クリニックは訪問看護の回数や
時間に応じて訪問看護ステーションに診療報酬を支払うこと
になっています。おかしな言い方になりますが、「包括払い」
ではクリニックの売り上げは決まっているので、医師・看護師
が訪問をすればする程、検査や治療をすればする程(出来高払い
と比べて)クリニックは損をするということになります

ややこしいですね!その「ややこしい」ところがミソなのです。
長くなりますので「何か問題なのか」という肝心な部分は次回
とさせて頂きます。

鎮静で苦痛はとれているのか

終末期に鎮静を行っていても患者さんは苦しそうだという話
を聞くことがあります。痛い、つらいのに声が出せない、と
いった御自身の経験などから「苦しいのに声をあげられない
のでは…」と心配する声も聞きます。

基本的には、鎮静を開始するよりは楽になっていると思います。
それは、開始した鎮静を中止した経験からの推測です。
単純には言えないかもしれませんが、だいたい鎮静を中止した
時には苦痛が強くなりますし、少なくとも家族からも本人からも
もう鎮静をしないでくれという声は聞いた記憶がありません。

基本的に苦痛が対え難く、他に軽減する方法がなかったから
こそ鎮静が開始になったのであり、鎮静を止めたからと
いってより良い状況には出来ないと思います。

また、一言で鎮静と言っても、いわゆる会話も出来ない深い
持続的な鎮静を最初から行わず、「ウトウトはするけれども
苦痛はない」という調節型鎮静(浅い鎮静)
が試みられる
ことがあります。私もよく使う方法です。誤解されやすい
ですが鎮静の目的は「亡くなるまで深く眠らせる」ことでは
なく「苦痛をとること」です。
この調節型の鎮静を選ぶのは
うまくいけば、自然な看取りに近い理想的なカタチではないか
と私は考えているからです。

しかし、この調節型鎮静、ウトウトするだけでもだいぶ楽そうに
見えることも多いのですが確かにどっちつかずの中途半端に
なってしまう可能性もあります。思い切り良くバルビタール
等を使ってRASS-5を目指すのであれば、ずっと確実に苦痛は
取り除けるでしょう。

患者さんが辛そうであれば殆どは鎮静が不十分なことによる
と思いますので、鎮静後も辛そうであれば御家族は、まず
医療者にその旨を伝えて欲しいと思います。そして薬剤の
調整や変更を相談することをお勧めします。

そして大切なことですが鎮静について、何を目指すのか。
24時間完全に苦痛をとることを目的として深い鎮静を選ぶのか、
会話が出来る可能性を期待し浅い鎮静から徐々に薬を
増やして(調節型鎮静)いくのか。

恐らく何も言わなければ状況にもよりますが多くの医療者
はまず後者を選択するのではないかと思います。御家族に
迷いがあれば尚更です。

上記理由で鎮静が始まれば即、無条件で24時間苦痛が全くゼロ
とは言えない
のです。患者さんやご家族も知っておくことで
望む治療が受けやすくなるのではないかと思います。