Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

問題は「モルヒネ」ではなく「誤投与」

色々な意味で残念な報道がありました。

www.jiji.com

まずは患者さんにはとてもお気の毒な事故でした。

いくつか記事を読みましたが、やはり内容が中途半端なものが多く、
Twitter等の皆さんの反応を見ても、どのような状況で起こった
事故なのか分からず、緩和ケアで起こった事故と混同している
方も多いと感じました。

いくつかの記事から判断すると、60代の拡張型心筋症の患者さん
に対してカテーテル処置を行っている最中に、今回の事故が
起こっています。ml(ミリリットル)とmg(ミリグラム)を
間違えたのではないか、という意見もあり、非常にありがちだと
思いました。口頭で「モルヒネ2.5ミリ!」と指示があれば、
普通は2.5mgと解釈すると思いますが、2.5mlだと勘違いすれば
10倍の量になるからです。

普段モルヒネを使っておらず、心機能(全身状態)の悪い患者
さんに静脈注射という急激に血中濃度が上がる方法で投与という
悪い条件が重なり、心停止に至ったものと考えます。
しかも、カテーテル処置が14日で患者さんは26日に呼吸停止で
永眠されていることから、直接の死因であったのかも不明です。

いくつかの問題が浮かび上がって来ます。まず一番は病院の
システム、あるいは連携の問題です。私は助手に当たる看護師
も、ある程度薬の知識を持つべきだと思っています。また、
知識を持っていても発言出来ない雰囲気であったとすれば、
それは普段のチーム内のコミュニケーションの問題です。
mgとml等は病院の中で取り決めをしておけば問題は起こらない
で済んだ内容でした。

また、報道にも非常に問題があります。ニュースはスピード
が命、というのも分かりますが、詳細が分からないまま
事実の一部を「垂れ流す」ことで誤解や勘違いを招くという
事例が後を絶ちません。重要なところが欠けている記事は
しばしば誤報にも近い害があります。今回は使用された薬
がモルヒネでした。緩和ケア領域で使用する方法とは異なる
投与法でした(※この箇所は訂正させて頂きました)し、
どんな薬でも10倍量を静注して何事もない、という方が
めずらしいとは思うのですが、一般の方々が記事を読んだだけ
ではこのようなことは一切分かりません。モルヒネについて
はただでさえ誤解が多いので、恐怖心だけ増長されてしまう
としたら…。報道のありかたも考えて頂きたいと思います。

医療用麻薬の依存について

緩和ケア医、大津秀一先生のブログに、アメリカにおける
医療用麻薬乱用についての記事が出ていました。

ameblo.jp

大津先生がおっしゃるように、アメリカは医療用麻薬使用
の事情が違い過ぎるので鵜呑みにしない方が良いのはその
通りだと思います。

医療用麻薬では、依存が起こりませんか?

とYesかNoかで聞かれれば、絶対に起きないとは断言は
出来ないので、Yesになります。

しかし、だからと言って
「なんだ、じゃあ危険じゃないか」
という思考はあまりにも短絡的です。
確率で言えば蕎麦を食べて亡くなる方がいますが、
蕎麦は全員にとって危険でしょうか?
車に乗って亡くなる方が毎年10000人弱いますが、
危険だから車に乗らないという方が
どれだけいるでしょうか?
依存ということではアルコールや煙草の依存の方が
より深刻ではありませんか?

「依存」という言葉は、「身体的依存」と「精神的依存」を
含みますが、いずれにせよ「止めたくても止めることが出来ない」
場合に使います。がんの場合、オピオイドを止めましょう、
というケース自体がそれほどないので、「依存」が問題とならない、
という面は確かにあるでしょう。定期内服では、オピオイドが
身体から切れる状態にはならないので、依存が形成されているか
分からないじゃないか、と言われればそれもそうかもしれません。

しかし、オピオイドを何らかの理由で中止にした方も何人も
経験していますが、中止後依存が臨床的に問題になった経験
は一度もありませんし、聞いたこともありません。

よく言われるように、がんの痛みがあるという条件で、
「既に確立したオピオイドの使用法に従って使う」のであれば、
オピオイドの依存が問題になるケースは極めて稀
である事は確か
です。

ごくごく稀に起こる「依存」を恐れ、それが理由で避けられた
がんの強い痛みを経験しなければいけないのであれば、それは
私にとっては先程の蕎麦や車の例と同様に、どうなのかなぁ…
と思ってしまいます。

しかし、確かに慢性疼痛ということになると話は少し変わって
来ます。慢性疼痛に関しては、がんの痛みほどオピオイドは
効かない印象です。恐らく痛みの性質が、がんの痛みよりも
複雑で、痛みをコントロールする脳の働き等も関与している
からではないかと思います。このような痛みに、がんの痛み
と同様に医療用オピオイドが有効かどうか、依存は形成され
ないかは、少し話が変わって来る可能性があると私は思って
います。また、年単位、何十年単位のオピオイドの使用は、
それ程データがある訳ではありません。

私は何度も言っていますが、オピオイドは副作用もなく、どんな
痛みもたちどころに良くなる魔法の薬ではありません。しかし
投与方法や問題は比較的知り尽くされており、安全に使える薬
のひとつです。イメージではなく、きちんと学んで判断する
ことをお勧めします。

もちろん私は無理にオピオイドを勧めることはしません。
オピオイドのメリット・デメリットを理解した上で選択しない
のであれば、その考えは尊重されるべきだと思っています。

延命治療を強いるのは50代息子が多い

diamond.jp

看取りの場で、「救急車を呼べ!生き返らせろ!」と叫ぶ息子。
そんな場面からこの記事は始まります。80代、末期がんの親。
望まない経鼻栄養を強いただけでもどうかと思うところです。

傾向としては、お嫁さん任せで、なかなか介護にコミット
しなかったご長男、あるいは遠方に住んでいて、施設任せで
来たような家族に、そういう治療を望むケースが多いですね。

それまで親と、きちんと向き合えていないから、いざその時が
来た時に、子どもとしての覚悟が全くない。だから右往左往し、
本人が決して望まないことを強制する
。子どもとして、今まで
向き合ってこなかった分これからなんとかしたいから、最善と
いう名の下、望まない延命治療をさせてしまう、というのが
よくあるストーリーです

※赤字は私が勝手につけています

めぐみ在宅クリニック、小沢竹俊先生の指摘は的確です。

同じく別の記事で、やはり東京に出て仕事をしている息子が
田舎の親の看取りの頃にやって来て介護を掻き回してしまう
状況を、『東京の息子シンドローム』と書いていたことを
思い出します。ここでも、キーワードは介護に関わって
来なかった息子です。

この記事では50代のビジネスマンを想定し、「プロジェクト
マネジメント」という言葉を使い、家族で話し合い、目的
を決めて介護の計画を立てることを勧めています。目的は、
「自分の納得」ではなく、「親の幸せ」であるべきです。
仕事と同じで、明確なビジョンなくその場しのぎの対応では
全員を巻き込み不幸にするだけです。ダメ上司と一緒です。

…上司。そう。多くの場合50代息子は介護には素人にも
関わらず、声が大きく、決定権を持つ場合が多い。だから
こそ、結果を受け入れられず右往左往しているとみんなが
困ります。

このブログでも、似たような話題を何度も取り上げています。
このエントリーでは遠方に住む家族の立場を想像して書いて
います。小沢先生も触れていますが、私達も「遠方の家族」
を悪者にしたくてこのような記事を書いている訳ではありま
せん。御本人の人生を最高のかたちにするために、前もって
色々と考えて頂きたいのです↓

kotaro-kanwa.hateblo.jp

また、忙しい息子さんには最高に元気に振る舞おうとする
のも親心です。弱音は、近くにいる話しやすいお嫁さん、
娘さん、看護師さんに、という場合も多いのです。

自分の見た、限られた時間の親の姿を全てだと思わず、
いつも周りにいて介護をしている『現場の人間』の言葉
を信じて欲しいと思います↓

kotaro-kanwa.hateblo.jp

つい先日も家族間の葛藤をテーマに記事を書かせて頂き
ました↓

kotaro-kanwa.hateblo.jp


お互い、大切な家族の死という事実を前に、感情的に
なりやすいです。皆苦しく、悩んでいて、きっと親の
ことを大切に想っているのは同じ。ただ、考え方や
結論はどうしても異なるものです。大切なのはお互い
を信頼する気持ち。これなくして、重大なプロジェクトが
成功するわけがないではありませんか。