Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

ナルサスとナルラピド+α

自分自身の糖質制限の勉強で更新が滞ってしまいました。
特に興味があるのはがん栄養療法としてのケトン食の
効果です。まだまだブログに書かせて頂くほどの知識
も経験もありませんが…。

さて本日は、新しく我が国で使用出来るようになった
強オピオイド、ヒドロモルフォンについての話題です。
申し訳ありませんが医療者向けのお話になります。

ナルサスの『ナル』はnarcotic(麻薬)から、サスは
sustain(持続する)から来ています。モルヒネとの換算
は5:1で、ナルサス6mgは経口のモルヒネ30mgに相当します

ちなみにオキシコンチンでは20mgに相当します。

飲み方は1日1回、24時間ごとになります。オピオイドは
他の薬と飲むタイミングが違うのでこれは意外に助かる
という患者さんがいるかもしれません。

がん性疼痛の治療をナルサスで開始することは可能ですが
いくらか便秘が少ないと言われているとは言え同様の
レセプターに作用している訳ですから副作用対策は必須
と考えるべきだと思います。

モルヒネと同様に、増量は1.3~1.5倍が目安です。
天井効果はありませんので24mg錠までしかありません
が、もちろんそれ以上も処方可能です。

最大の特徴は代謝がCYPを介さずグルクロン酸抱合なので
他剤との相互作用が少なくなります。抗うつ剤等と併用
の場面も多いと思いますので、これは使いやすい特徴です。
高齢者にも(比較的)良いのではないでしょうか。

一方、ナルラピドはご想像の通りrapidに由来した名前で、
レスキュー製剤です。突発痛に対してナルサスの1日量の
1/4~1/6程度を使用します。特徴は錠剤であること
ナルサスと間違えないように、五角形の特徴的な形を
しています。オプソ、オキノームと同様使用回数の制限
はなく、1時間空ければ再度内服が可能です。

正直、タペンタやメサドンと比べると特徴が少なく、
オキシコドンとの使い分けは「こだわり」レベルでは
ないかと思っています。気持ち薬価が安いようですが、
今のところ14日処方なのがネックです。

緩和ケア領域の薬ニュースとしては他に化学療法での
口内炎の疼痛緩和に『エピシル口腔用液』が、また
少し前からですがオピオイド誘発性便秘に『スイン
プロイク』が使用出来るようになりました。これはまだ
経験が少ないですが、良さそうです。また、飲みにくく
て有名だったリリカにOD錠が出たそうですので、診療に
役立てて頂きたいと思います。

うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった

非常に面白い本だったので御紹介します。

うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった (光文社新書)

うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった (光文社新書)

私がいつも勉強させて頂いているひらやま脳神経外科
のブログでも度々糖質制限や鉄不足の話題が出ていま
したので以前から興味を持つ分野ではありました。特に
糖質制限は、7月初めから私自身も始めています。

さて、本の紹介に移ります。

精神科医として研究・臨床を熱心にやって来られた
藤川先生が、御自身の採血結果に異常があった事が切っ掛け
で糖質制限に興味を持ち、その効果の大きさから、
「分子栄養学」を学ぶようになったそうです。その中で
少しずつ鉄・蛋白の欠乏とうつ病、パニック障害、
また最近社会的に問題にされて来た発達障害等の治療
にも、栄養学的なアプローチが必要で効果も高いという
事に気付かれました。特に月経のある女性では慢性的に
鉄不足であり、妊娠で大幅に栄養障害が加速することも
あきらかになりました。

私もそうですが、栄養学の大切さは医学部では殆ど勉強
をしません。やったとしても、「コレステロールが多い
から肉を控えましょう、卵は1日1個にしましょう」程度
の、古く、浅い栄養学的知識しか持ち合わせていない
事が多いのです。栄養士さんも、余程新しい知識を吸収
することに時間が割ける方でないとカロリー制限を主と
した古い栄養指導になっているかもしれません。

本に詳しく書いてありますが、私達は日本では栄養は
十分に足りている、という大前提で話をします。しかし、
細かい栄養素に目を向けると意外なことに多くの方が
ミネラルやビタミンが不足しているという現実がある

そうです。

確かに、私も貧血の際の鉄の評価はフェリチンまで殆ど
測っていません。理由は保険で査定されてしまうからです。
もちろん血清鉄以外にTIBCを測っていますから、これが
正常値以上ではあまり鉄が不足しているという感覚は
ありませんでした。しかし実例が示す通り、これ程の効果
があるならフェリチンの測定くらいは査定されてもやる
価値はあるのではないかと思っています。

確かに現代医療は栄養学を疎かにしがちです。優れた薬
が次々に開発されていますが、栄養指導に関しては古い、
エビデンスの少ない方法が行われているに過ぎません

藤川先生は以前は論文をとても良く発表される先生でしたが
最近はFacebookでの報告を行い、論文は書かれなくなった
そうです。これについての理由も本文に述べられており、
確かにおっしゃる通りだと思いました。河野先生が論文を
書かれない理由も同じだろうと思います。

しかし、学会という場はデメリットもありますが必ず批評
的な立場からの意見も得ることが出来ます。優れた先生
でも御自分の考えを否定的な見地から見直すことはきっと
難しいと思うのです。また厳しい二重盲検などは恐らく
していない事になると思いますのでプラセボやバイアスも
混じりやすくなると想像します。

またより多くの医療者によって効果を再確認/報告して貰える
メリットがあります。Facebookでも出来ないことはないかも
しれませんが、同じく好意的な仲間からのpositiveな結果しか
フィードバックがないと想像します。大切な内容であれば
(私はこの話は信頼しますし大切だと思っていますが)多くの
先生に納得してもらう方が、患者さんにもプラスになるのでは
ないかと思います。

うつやパニックにお困りの方は多いと思います。有害な方法
ではありませんので一度試してみる価値は十分あると思います。

がんと闘う

『闘病』という言葉があります。
がんの場合狭義には手術・放射線療法・化学療法
(いわゆる三大治療)などがんの治癒や延命効果を
期待した積極的な治療を受けることを指す場合もあり
ますが、もっと広い概念で『病と対峙し生きる』
ことを指すこともあるかと思います。

三大治療を受けることは身体に負担が大きく、
高齢者では特に、結果として命を縮めてしまう
場合も確かにあると思います。

「手術を受けるまでは元気だったのに…」
「家族は抗がん剤に殺されたと思っています」
等という言葉を耳にする機会も少なくはありません。

逆に緩和ケアをやっていると、高齢な患者さんが三大治療
を受けずに過ごし、最期を迎えられることも別段めずらしく
はありません。このような患者さんは全体的な傾向としては
苦しみが少なく見えます。

しかし、単純にそうも言えないのが臨床の難しいところです。
乳がん・頭頚部がんや食道・胃・大腸がん等は手術を受けない
方がむしろ苦痛が大きくなる場合が多分にあります
。治癒を目指せる
なら尚更、手術を受ける選択を検討はして頂いた方が良いと
思います。

私にとって、「がんと闘う」という言葉が最も当てはまる
象徴的な治療は、再発・進行がんの化学療法です。一般的
に副作用は多く、期待出来る延命効果も月単位である事が
殆どです。しかし、それを理解したうえでも治療を止めない
方も珍しくはありません。

Yさんは元医療者の末期がんの患者さんでした。Performance
Statesは4に近く、通常抗がん剤を継続する全身状態では
ありませんでしたが、御本人には治療以外の選択肢はなく、
主治医もその気持ちを察してか抗がん剤の減量や間隔を
空ける等しながら治療を継続していました。Yさんは抗がん剤
の限界をよく理解していました。私も、「御存知だとは思い
ますが、抗がん剤は諸刃の剣で…」と間の抜けた説明を
しましたが、もちろんYさんの気持ちは変わりませんでした。

それだけでなくYさんは呼吸苦に対してモルヒネを使うこと
を嫌がっておられました。もちろん、麻薬に対しての知識も
あります。他にも末梢神経の痺れに対するリリカや、不眠
への眠剤の使用もことごとく拒否されました。理由は、
「眠くなるのが嫌なんです。寝るのがもったいないんです。」
とお答えになりました。気力が削がれると思ったのかもしれ
ません。

Yさんはがんとの闘いをよく「家族のため」と表現されました。
それは嘘ではなかったと思います。自転車を漕ぐことを止めて
しまったら倒れてしまうような不安があったのかもしれません。
しかし根っこには、それこそがYさんの生き方だったんだろうと
私は思っています。

とうとうある日、私の勧告にも関わらず病院を受診しましたが
案の定抗がん剤の治療は出来ず、主治医は次回の予約を入れない
という形で、治療の継続が不可能である事をYさんに告げました。

Yさんは家でモルヒネを使えば最期まで過ごせる可能性が
あったと思いますが、御自身で入院を選択されました。
しかし入院の際には退院の話をされていたそうで、Yさんは
もっと先を考えておられ、生きるために入院したのだと
思いました。もちろん何処かでそれは難しいという事も理解
されていたのではないかと思いますが。

「がんと闘うな」という医師がいましたが、私は安易にそんな
言葉は言えません。確かに治療を止めた方が楽な場合も多い
と思います。しかし、「楽なら別に良い」等と、人の人生は
そんなものではありません。私達が出来ることはただ選択肢を
共に考えることと、患者さんが何を選んでも可能な限り寄り添う
こと。何も出来なくて自分が惨めであっても逃げずに共にいる
ことも緩和ケアだと信じて。