Not doing but being

主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

がん代替療法、医師の態度

本日は最近読んだ朱郷 慶彦さんのブログを紹介します。
朱郷さんは小説や脚本を手掛けるライターですが、
2015年11月に末期がんの宣告を受けています。
ブログの記事は、 朱郷さんが代替医療の話に触れた
途端、読者からの批判が相次いだ、という内容です。

gendai.ismedia.jp

朱郷さんは、さすがライターです。主旨が理路整然と
分かりやすく、ユーモアも多分に交えて書かれています。
手術・放射線治療・抗がん剤といった、科学的根拠の明確
ないわゆる標準治療以外は受けるべきではないとする
人達と、補完代替療法を支持する人達をそれぞれ「早乙女派」
「山田派」と呼び(詳細はブログ参照)、その対立の構図を
分析していますが、とても共感します。

※早乙女派、山田派は朱郷さんの造語なので他で使っても
通じません!

私は医師ですから、まず科学的根拠がある治療を勧めます。
当然です。しかし、副作用で治療が受けられない、あるいは
もう有効な治療がないという人に、「ただ座して死を待て」
と言うことが医師の正しい態度とはどうしても思えません

代替治療を「勧めろ」とは言いませんが、患者さんの心情を
理解し、寛容であっても良いのではないか
と思っています。

第一、患者さんは「科学的根拠のある治療」しか受けては
いけないという決まりはありません。インフォームドコンセント
にしても、患者さんはそれに従う義務も義理もありません。
患者さんの意志が固ければ最終的には医師も折れるでしょうが、
冷笑や脅し、心無い一言など、患者さんが一生忘れられないような
ひどい態度である事も多いようです。何故そこまでの態度をとる
必要があるのでしょうか。

「正直、効かないとは思うけれど、後悔しないように試してごらん。
何かあったら、いつでも戻って来て良いんだよ」せめて、
これくらいの言葉で患者さんを送り出す事は出来ないのでしょうか。
きっと患者さんにとっては病状を受け止めるために必要な
プロセス
なのだと思います。この時期の患者さんに必要なのは、
エビデンスではなく心の支えではないでしょうか。

患者さんの弱みにつけこみ、法外な金銭を巻き上げる医療機関が
あるもの事実です。しかしこれも含め最終的に判断するのは
患者さんです。医師が出来ることは、誠実に考えや想いを伝える
こと
。ここで声を荒げたり、脅しても患者さんはますます
インチキ医療機関に走るだけです。信頼関係があれば、どこかで
患者さんを救うチャンスがあるかもしれないではないですか。

ただ、サイモントン療法だの、野菜ジュースだの、なんとかキノコ
だのに、いちいち目くじらを立てる必要があるでしょうか?
緩和医療学学会のCAMに関するガイドラインによれば、がんの
患者さんの45%が代替補完療法を行っています
。二人に一人、
です。終末期に限定すればきっともっと多いでしょう。私は医師
を含め多くの末期がん医療者を知り、担当させて頂きましたが、
正直医療者も代替療法を受けている方が多いですよ。代替医療を
試したいという患者さんは、主治医を信頼していないからでは
なく、むしろ信頼しているからこそ相談している事を忘れないで
頂きたいと思います

エビデンスはとても重要です。しかし、全てではありません
エビデンスの上にナラティブを載せて、初めて医療が成り立つ
のではないかと私は思っています。

胃瘻が減って、経鼻が増えた!?

文春オンラインより。

bunshun.jp

2010年、自然に任せて穏やかな最期を迎える「平穏死」
を提言してから6年が経ちました。その間、終末期医療の
現場は大きく変わりました。中でも特筆すべきは、胃ろう
で栄養補給をしている認知症高齢者が、56万人から20万人
激減したことでしょう。

『「平穏死」のすすめ』で有名な 石飛 幸三先生の書かれた
記事です。本はこれです↓

「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか (講談社文庫)

「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか (講談社文庫)


胃瘻造設の診療報酬は平成26年度改訂より大幅に削減
されていました。更に胃瘻を年間50件以上造設する
施設は、厳しい基準を満たさないと更に80%に減額
される事になっていました。

この診療報酬改定以前から、胃瘻の新規造設は若干
減って来てはいたのですが今回この数字をみて、
正直予想以上の数字でした。2015年末には胃瘻が
あまり減っていないという報告をみていたので、
尚更です。

ところが、恐れていた事が起こって来ています。胃瘻
が減った反面、「経鼻栄養」や、ピックカテーテルや
ポートといった別の延命手段が増えているのです。
(ある報告では経鼻は1.1倍、ピックカテーテルは
なんと1.5倍。胃瘻の減少の割合からすると多くは
ありませんが…)これでは本末転倒です。

問題は、「胃瘻という手技」ではありません。無理な
延命治療を受けている患者さんが、気の毒ではないか、
というところから出て来た話なのです。他の延命手段
を選んでいては、同じではないですか。

いえ、同じよりももっとたちが悪いのです。経鼻栄養
は、鼻からチューブを入れて留置しますが、挿入には
胃瘻よりもずっと苦痛を伴い、抜去を防ぐために抑制
(拘束)が増え、交換時の事故も増えます。再び経口
摂取を始めようにも、鼻のチューブが邪魔になる事
くらい誰にも分かるはずです。
経鼻栄養が非人道的
だからこそ、胃瘻が考案され拡がったのです。
これでは胃瘻がない30年前に戻ったようなものです。

高カロリー輸液も然り。胃瘻よりも事故は多く、
医療費は比べ物にならないほど高く、受け入れ可能な
施設は激減します。一体何をやっているんでしょう。

今、病院の医師は、「平均在院日数」を減らすことで
必死
です。胃瘻を反対する家族が増えたので、ひとまず
別の手段を提示し、退院に持って行きたいのです
(もちろん医師だけのせいではありません。制度がそう
させているわけですから)。

私はTwitterで繰り返し述べて来ましたが、もちろん
全ての胃瘻や延命治療を否定するつもりはありません。
小児や事故、脳卒中など色々なケースがあり、また
患者さん自ら胃瘻を望むことも当然あり得ます。

私が問題視しているのは、認知症末期や老衰で意思表示
も出来ない、回復の見込みがない患者さんを胃瘻で延命
するケース。加えて「延命治療差し控え」という情報
提供が乏しく、また差し控えを選んだ家族のサポートが
とても少ないこと。胃瘻のデメリットについての事前
情報がとても少ないこと。在院日数や受け入れ施設の
都合で胃瘻造設になるケースが後を絶たないこと
、です。
きちんと伝えるべきことが伝えられ、デメリットをも
家族が受け入れる覚悟で胃瘻を造るなら、私とて反対
する理由がありません。

しかし、家族が「わけも分からない」からこそ、胃瘻を
やめて欲しいと言った方が、経鼻や高カロリー輸液に
なる
のではないでしょうか。
正確な知識の普及を願います。

「臨床宗教師」

我が国では、医療と宗教は相容れない存在である
かのように扱われています。

山崎章郎さんが東北大学医学部で講義されたことが
あって、それを聞きに行った時のことだ。宗教性の
重要性を話し始めた途端、学生たちはうすら笑いを
浮かべていた。なんとも異様で、「こいつらが医者
になったとき、どうやって人を看取るんだろう」と
背筋が寒くなったほどである。
日本人は無宗教であることが近代人の証だと信じて
いるようで、宗教のようなものを云々するのは医者
の風上にもおけないと思っているのだろう。これが
日本の医療を特殊なものにしていることに気がついて
いない。

岡部健先生の『看取り先生の遺言』からの抜粋です。

医療者が口癖のように使う『エビデンス』という言葉
があります。統計学的に証明された、証拠に基く医療
はEBM(Evidenced-based Medicine)は言うまでもなく
大切です。

しかし、治癒が見込めず死が近いと判断された患者さん
にとっては、エビデンスの恩恵は少なく、「科学的
根拠」以外のものが大切になって来るようです

ホスピスの語源が中世の初めヨーロッパ西部で巡礼者
を休ませた宿泊施設であったように、ホスピス・緩和
ケアはもともとキリスト教を背景に生まれました。
日本でも特に初期のホスピスは「聖隷三方原」や
「聖ヨハネホスピス」等、キリスト教を母体とした
施設が多く見られました。しかし、ここ最近は宗教性を
排除したホスピス・緩和ケアも多くなりました。
これには良い部分も悪い部分もあると思います。

先に紹介させて頂いた岡部健先生は、自らも末期がんを
患い治療を受けながら、末期医療に宗教介入の必要性
を感じておられました。また、先日膵臓がんで亡くなった
内科医であり僧侶でもあられる田中雅博さんも、死に
ゆく苦しみは医師にも科学にも救えないとおっしゃって
います。死は誰も体験した事がなく、まして死後など
分かりません。エビデンスがない事に、医師は答えよう
がないのです

president.jp

多くの患者さんを看取り、自らも末期がん患者となった
共通点を持つお二人が関わった「臨床宗教師」という働きが
最近注目されるようになっています。特定の宗教を
勧めず患者さんの訴えを聞き、不安や恐怖を和らげる
手伝いをしようと考える宗教家
のグループです。

www.nhk.or.jp

私個人は宗教の押し付けはもってのほかですし、宗教は
必須ではないと考えています。緩和ケア、精神科、
カウンセラーで間に合うなら、それはそれで良い
と思うからです。しかし、助けを必要としている患者さん
がいて、苦悩を軽減するための叡智があるなら、アクセス
出来る情報をお伝えすべきではないかとも思います。
臨床宗教師にはその可能性を感じ大いに期待しています。

臨床宗教師会のサイトはこちらです↓
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