Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

川崎市立井田病院の取り組み

昨日もお書きした通り、がんの治療中の患者さんも
痛みや嘔気、四肢の痺れや不安、不眠等様々な症状
に悩まされている方がおられます。しかし治療中の
患者さんの多くは満足な症状緩和治療を受けていません。
一方緩和ケア外来は、「緩和ケア病棟」に登録する目的
であり、化学療法が終了していることがしばしば
受診の条件になっています。より早期からの緩和ケア
の必要性が叫ばれていますが様々な理由で理想通りの
対応が出来ていない
のです。

そんな中、昨日のブログで川崎市立井田病院の取り組み
についてお話したいと思います、と予告していましたが、
偶然に昨日Yahooニュースでこの記事を見付けました。
実現が難しい「早期からの緩和ケア」を何とか実践しようと
努力している医療機関が紹介されています。

headlines.yahoo.co.jp

井田病院の西 智弘(ともひろ)先生は私が心から
尊敬する医師のひとりで、同病院で腫瘍内科・緩和
ケア科、そして在宅緩和ケアまで手掛けておられ
ます。

先生はがんの治療中であっても緩和ケアが必要な方に
向けて、2015年8月より「早期からの緩和ケア外来」
を実施しておられます。特徴は井田病院の患者さん
だけでなく、他の病院からの患者さんも受け入れて
おられること。このような外来は私の知る限りでは
他にありません。

ちなみに、西先生の「早期からの緩和ケア外来」受診を
希望される方は、

「西医師が、金曜日の午前中にやっている、抗がん剤治療
と並行して受けられる緩和ケアの外来を受診したい」と、
名指しでお伝えください。

とのことでした(西先生のTwitterより)

また、西先生は「早期からの緩和ケア外来」でも救えない
患者さんがいると考え、「暮らしの保健室」という働き
を始められました。学生が体調に限らず色々な悩みを
聞いて貰いたい時に、ふっと保健室に立ち寄る…
そんなイメージの名称でしょうか。
外来-病院-在宅と分断された状況を改善し、地域で切れ目
なく患者さんを支えたい
という願いからの取り組みです。
腫瘍内科と緩和ケア科を兼任し、病院も在宅も診る西先生
だからこその発想であり、『診療報酬』に縛られること
なく助けを必要としている患者さんに自由に関わる事が
出来る点も魅力です。次世代の医療に必要な視点ではないか
と思っています。

興味がある方は是非こちらをご覧下さい。

www.kosugipluscare.com

最後に、この「暮らしの保健室」立ち上げまでの道のり
は必ずしも順調とは言えなかったようです。以下に西先生
がどのような想いでこの働きを始められたのか、先生の
言葉を御紹介したいと思います。

私がどうして暮らしの保健室を作ったか - 武蔵小杉

「早期からの緩和ケア」は実践出来るのか?

がんの終末期の患者さんの苦痛を軽減する目的で行われて
来た「ターミナルケア」は、より早期の患者さんに対して
も必要なケアであるという理解が深まり、「緩和ケア」と
呼び名が変わりました。しかし多くの患者さんは、いえ、
医療者ですら「緩和ケア」=「ターミナルケア」という
考えが抜けておらず
、治療医も患者さんも緩和ケアを時期
尚早と考え患者さんの多くの苦痛が改善されずそのままに
なっています

我が国でもがん拠点病院に緩和ケアチームの設置が義務
付けられ、病院のサイトや院内にケアが受けられるとの
告知がなされているはずです。また、患者さん側から
主治医に希望を伝えるのは難しいのではないかとの配慮
から、スクリーニングのアンケートが行われ、苦痛を
有する患者さんに緩和ケアチームの方から介入する、と
いう試みも行われて来ました。厚生省もこんなパンフ
レットを用意しています(PDFファイルです↓)。

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000046381.pdf

しかし、正直なところあまり成果は出ていないようです。
問題点は既に分かっており、
1.上記に挙げた通り、患者さんの理解・医療者の意識が低い
2.主治医と緩和ケア医の連携が困難な場合が多い
3.病院のマンパワー不足

です。特にマンパワー不足はしばしば深刻です。
ひとりの患者さんに向き合う時間が、多忙な医療者
には圧倒的に足りません。

この問題について、小杉先生の書かれた記事が現実の
問題点を良くまとめられていると思います。

www.huffingtonpost.jp

アンケートを実施したところで結果を生かせていない
現状、終末期の緩和ケアですら必要な患者さんを長い
時間待たせている状況で、早期からの緩和にどれだけ
力が割けるのか
。「医療資源」は限られている、という
本当に尤もな御意見です。

もちろん、このままで良いとは思いません。いつか
患者さんにとっても治療医にとっても抗がん剤治療中
の緩和ケアが当たり前になるように、繰り返し問題を
取り上げ続けていく必要があります。

マンパワー不足はどの部署も深刻なのですが、質の良い
「早期からの緩和ケア」を実践するためには人材が
必須で、「絵に描いた餅」で終わりにしないようにする
にはどうしても相応の資金も必要になると思います。

将来的なビジョンはさておいて、今困っている患者さん
はどうすれば良いのか。かかりつけの病院で十分な対応
が難しいとすれば、今すぐに出来る現実的なアドバイスは、
訪問診療の導入です。訪問診療医は、緩和についての
スキルを持つ医師が多く、また比較的時間をかけて患者さん
と関わることが出来ます。近隣の訪問診療医を調べ
相談してみるのも良いと思います(ケアマネさんが
地域の訪問診療医の情報を持っている事が多いです)。

また、将来の可能性として、川崎市立井田病院の西
先生の取り組みを紹介したいと思います。
長くなりましたので、続きは次回。

「治さなくてよい認知症」

本日は書籍の紹介です。

治さなくてよい認知症

治さなくてよい認知症

老年期精神医学の専門家である著者が、今の認知症医療
の問題点、疑問点を取り上げた一般向けに書かれた本。
「認知症は治らない」という大前提に立ち、

・早期発見、早期治療の無意味さ、それを煽るメディア
の態度
を疑問視。
・本人がいないかのように介護者と医療者で話をし治療
を進めている現在の認知症医療に対する批判
治そうとするのではなく理解しありのままを支える
ことで患者さんも自信を回復し幸せな時間を過ごせる

・間違いを指摘しない、叱らない

と言った内容を繰り返し述べています。
書いてあることは正しいと思います。ほぼ異論は
ありません。が、本当に介護に困った方が読んで
気持ちが楽になるのかは疑問に思いました。

確かに、御本人の気持ちを傷付けないようにする配慮が
今の認知症医療には欠けています。「どうせ分からない」
とでも言うかの如く、家族と医師だけが話している外来

プライドが傷付き、きっと患者さんは恥をかかされた
という想いが残るでしょう。

上田先生が指摘されているように、BPSDの多くは対人
関係から生じ、不安を軽減することでBPSDが減ることも
確かだと思います。アルツハイマー型認知症の患者さん
は物事を忘れてしまう訳ですが、『感情と結び付いた
記憶』の力を侮ってはいけません

ただ、恐らくこの本を読むことになる御家族・介護者
への配慮は、「上っ面」な感が否めません。大変ですね、
と言いながら、「受容せよ」「努力せよ」という
メッセージが繰り返されています
。これを読んで頑張る
ことが出来る御家族は、きっと読まなくても頑張れる
のではないかと感じました。本当に苦しんでいる御家族
に『正論』『奇麗事』は百害あって一利なし、です

(ちょっと言い過ぎかもしれません、すいません)

私はこの点はコウノメソッドの河野先生の考えの方が
スッキリします。まずは介護者を支えなければ、御本人
だけが救われる、という事は殆どないのです
。上田
先生は抗精神病薬の使用についても基本的には否定、
というお立場ですが、まず御家族の苦痛を取り除く事で
御本人との関係が修復され、いずれ薬が徐々に必要なく
なっていくというケースは少なくありません。
処方はもちろん患者さんの身体に気を付けながらですが、
もう少し柔軟に考えた方が良いようにも思います。
特にいわゆるピック病では、「BPSDの根本にある問題」
など考えてはいられない事態になっている事がしばしば
あります。

批判ばかり並べてしまいましたが、親や配偶者の「もの
忘れ」が気になりだした、「もの忘れ外来」に行った方が
良いだろうかと迷っている御家族には必須の知識
であり、
是非一度読んで知っておいて頂きたい内容になっている
と思います。