Not doing but being

東京都大田区で開業している訪問診療医のブログ。主に緩和ケア、認知症、訪問診療、介護、看取り分野の話題です

最高の5分を演じる患者さん

百聞は一見にしかず、という言葉がありますが、
逆に自分のみているものだけが正しいと思い込むと
色々なものを見落とすことになる場合があります

たとえば入院している患者さんの場合、最も近くに
いるのは看護師さんです。多くの場合患者さんは
体調の変化を看護師さんに打ち明けます。
「今日は痛いんだよね」「こんなにだるいのは
初めてだよ」と。

ところが看護師さんがDrに伝え、医師が回診に
行くと、「大丈夫です」「治りました」という答え
が結構な割合で返ってきます。見た目もいつもに
比べて特に辛そうではありません。
そうか、大丈夫なのかと思うと、また同じ報告が
あがって来たりします。

患者さんは、看護師さんと医師には別の顔を見せる
場合が多い
のです。別に意図的にそうしているとは
思いませんが、たかだか5分しか会わない医師には
無意識に自分の最高の姿を見せ、「大丈夫です」と
笑顔で答えてしまう傾向があるようです
(稀に、逆のこともあるかもしれませんが)。
看護師さんには聞いて欲しいが、医師に伝えると
痛み止めを増やされてしまう。そういうつもりでは
ない、という事もあるかもしれません。

これは医師も看護師も意識する必要があります。
医師は報告を「大袈裟だ」と考えがちになります
し、看護師は医師を「冷たい、何もしてくれない」
と考えてしまうかもしれませんし、こうしたことが
続くとチームとしてマイナスが大きく、最終的には
患者さんに不利益が生じます。

むしろ、患者さんは何故態度が違うのだろうという
視点を持つ
ことは大切です。

訪問診療では同じことが家族と看護師、家族と医師
の間でも起こります。訴えだけでなく、普段辻褄の
合わない会話をしている患者さんがしっかりとした
受け答えをしたり、転んでばかりのはずの患者さん
がスッと立ち上がりしっかり歩くこともあります。

最も問題になるのは主として看ている家族
と滅多に来られない家族です
。患者さんは折角来て
くれた家族にしっかりしたところを見せたい
ものなので、それを見たたまに来る家族は、
「なんだ、大したことないじゃないか」
ということになってしまいます。

大切なことは常に傍にいる介護者がより本当の
御本人をみている可能性が高く、それを他の医療者
やなかなか来れない家族が理解しい信頼する事が
出来ているかどうかで、それが出来ていればそれ程
問題になる事はないのです。

「易怒」に使う薬

患者さんの易怒に薬が効くか、というと結構効きます。
介護者が助かる場面ばかり強調して来ましたが、易怒
の症状を呈する患者さんの多くは強い不安や苛立ちを
抱えていますから、御本人も楽になると思います。
せん妄で興奮している方にも同じアプローチは可能
ですが、より強い治療が必要になると思います。
それから興奮させる作用を持った薬は一旦中止する
事も重要です。

1.ベンゾジアゼピン系(以下BZ系)
BZ系は覚醒度を下げせん妄を招く、筋弛緩作用により
転倒を招く、常用量依存と断薬時に起こる反跳性の
不眠・苛立ち等のために認知症の高齢者には使いにくい
と教えられました。ただ、コウノメソッドではセルシン
を使いますし、睡眠薬としてもBZ系をむしろ推奨して
います。私も敢えて第一選択では使いませんが、他が
合わない時にはワイパックス等を使うことがあります。
すごく良かったという経験はあまりありません。

2.使いやすい薬
意外と推奨出来るのが、抑肝散・メマリー・グラマリール
ではないでしょうか。

河野先生はメマリーを「どこに落ちるか分からない変化球」
「眩暈が多い」と注意を呼び掛けていますが5mgくらいでも
意外と易怒が軽減したりします。増やすと確かに具合が悪く
なる患者さんが多いです。逆に20mgまで普通に増やせる方の
易怒には殆ど効きません
。適応はアルツハイマー型認知症
だけですが、前側頭葉型認知症っぽい患者さんにも結構有効
のようです(あくまで私の経験です)。

抑肝散はレビー小体病の幻視・妄想に効くと有名になり
ましたが、広く「苛立ち」に効果があります。コウノメソッド
でもレビー小体病には第一選択で勧めています。低K血症は
無視出来ない頻度で起こりますが他の薬より安全であること
に間違いはありません。他とも組み合わせやすいです。

グラマリールは「脳梗塞後遺症に伴う攻撃的行為」等の
適応病名があります。コウノメソッドでもアルツハイマー
型認知症や脳血管型認知症では第一選択として推奨して
います。効く人にはかなり効きます。但し、レビー小体病
やパーキンソン病では症状を悪化させるので使わない方が
良いと思います。

ちなみに、コウノメソッドでは「ピックスコア」
「レビースコア」を用いての薬剤の選択を勧めています。
これは非専門医には分かりやすい試みだと思います。
詳しくは『コウノメソッド2016』をダウンロードしご覧
下さい。

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コウノメソッド2016

http://www.forest-cl.jp/method_2016/kono_metod_2016.pdf


3.デパケン
抗けいれん薬。コウノメソッドでは推奨していませんが、
錐体外路症状がなく鎮静作用も一般的にあまりないため
使いやすい
です。シロップはいかにもという感じの赤色
ですが、ジェネリックのエピレナート等は透明ですので
飲み物に混ぜるのもありだと思います。200mg/日程度
から始めます。副作用は高アンモニア血症が有名です。

4.その他の抗精神病薬
コウノメソッドで言うところの「ピック病らしさ(上記)」
がある患者さんにはウインタミン(=コントミン)が確かに
合います。特記事項として書いておきます。但し、肝機能
障害には注意です。

セロクエルは他の抗精神病薬とくらべ効果/副作用のバランス
から使いやすいです。私は1日~2回12.5mg程度から使うように
しています。御承知の通り糖尿病では禁忌です。眠気は強く
ないという記載も見ますが、個人的には強い方だと感じます。

リスパダールはコウノメソッドでは屯用程度の使用まで
とされています。内服液などがあり使いやすいですが
強い反面副作用も強い印象です。コウノメソッドでは
むしろ0.3~0.75mg程度のセレネースが勧められますが
私はこの辺りの薬剤は使用しても屯用か短期間に留め
ています。

あまり人気がないですが、ルーランは副作用が少なく、
私は高齢者向きではなかいと思っています
(1回4mg~)。

以上です。まとめると私は初めにメマリーを少量の使用
を考え、使えないか効果がなければコウノメソッドによる
ピックスコア、レビースコアを参照し抑肝散・ウインタミン・
グラマリールを考慮します。これらが使えない、効かない
場合はデパケンかセロクエル・ルーランを考えます。

最後に、いくつかのの薬は保険で切られないという保証は
出来ません。御了解のうえ御使用下さい。

コウノメソッド

昨日は認知症患者さんの多くに「易怒」があり、この症状
が介護負担を増す大きな原因のひとつではないか、と述べ
ました。根底には患者さんの不安・苛立ちがあり介護の
工夫で軽減出来る可能性があるというお話をさせて頂き
ました。しかし、誰も患者さんを怒らせよう、不安にさせ
ようと介護をする人はいません。手を尽くしても患者さん
の「怒り」「暴言」「介護抵抗」が治まらない事があります。

本日は、「易怒」に対する薬物治療の実際をお話する予定
でしたが、私が普段行っている周辺症状の治療はコウノ
メソッドの影響を強く受けており、まずはそのメソッドの
説明から入らせて頂くことにしました。既にコウノメソッド
をよく御存知の方にはあまり意味のない記事になりますが、
同時に私のコウノメソッドに対する考え方も述べようと
思います、お時間があればお付き合い下さい。

コウノメソッドは名古屋で開業され、熱心に認知症の診察
をされている河野先生が自身の経験をまとめた治療法です。
コウノメソッドというと治療にフェルガード・プロルベイン
等のサプリメントを取り入れていることでも有名ですが
とにかく患者さん・家族中心の治療法であり、個人に
合わせた絶妙な薬の使い方で驚くほど症状が改善した患者
さんの姿が、御自身のブログや書籍で紹介されています。

一方で成功例ばかりを紹介するやり方や、一個人の医師の
経験というエビデンスに乏しい内容を疑問視・避難する
声もあります。また特定の医薬品やメーカーに対する
河野先生の批判にはいくらか(多分に?)偏りや感情的な
部分があると感じます。それも含めて河野先生のキャラクター
なのですが誤解や不信感を生んでいることも事実です。

ただ、今の認知症医療も相当偏っているのも確かです。
患者さんに触れもせず、画像・診断・データ絶対主義で、
介護者が何を困っているかという視点のない認知症治療
は明らかにあるべき姿ではないと私は思っています。
私が河野先生の考えに共感する部分は、まさにこの「介護
者を救う」という視点
がメソッドの中心にあることです。

コウノメソッドは私が訪問診療を始めた2010年頃から、
毎年更新された内容をインターネット上で見付けて利用
させて頂いて来ました。河野先生の凄いところはこの
熱意と共に御自身の経験を体系化し多くの専門ではない
医療者にも分かりやすく実践出来るようにまとめている
こと、そしてそれを無償で配布するという、臨床家と
してのお気持ちだと思っています。

私はコウノメソッドを完全無欠で絶対の治療法だとは
思いません(第一、そんな方法がある訳がありません)。
こんな私ごとき言うのも何ですが、メソッドにも限界も
欠点もあります。メソッドを盲信し、それ以外の治療を
批判するつもりももちろんありません(時に宗教のように
なっており、それも問題だと思います)。ただ、まだまだ
治療法の少ない認知症の分野でせっかくこのような
提案がある訳ですから、柔軟に治療に取り入れ使わせて
頂かない手はないと思っています。

明日はこのコウノメソッドを中心に、認知症患者さんの
「易怒」を改善させる治療についてお話をさせて頂きます。

※最後に、2017年4月現在河野先生のブログは実践医だけに
公開されており一般の方が観られるかたちのものは更新
が止まっています。これまで毎年配布されていた
『コウノメソッド』も2017年版はありません。いくつかの
出来事で河野先生が心を痛めておられるのではないかと
思っています。認知症の介護にありメソッドに興味がある
方は過去のブログ、書籍や講演会でメソッドを知ることは
出来ます。

河野先生の旧ブログ
ドクターコウノの認知症ブログ

現在、コウノメソッド実践医として精力的にブログを更新
されており私も参考にさせて頂いているお二人の先生を
紹介させて頂きます。

ドクターイワタの認知症ブログ
plaza.rakuten.co.jp

鹿児島認知症ブログ
www.ninchi-shou.com